第二章:狙いし者たち

不法出国事始め

第64話:胸がなんですって?

 前世で病気がちだった僕は気がつくとセミに転生していた。

 幼虫の僕は魔力の存在に気がついて十九年間くらい土の中で鍛錬を続けていたみたいだ。


 やっとのことで羽化した後、僕はメスゼミに狂気的な愛を向けられたり、ちょっと性の悪いムクドリと戦ったりしながら己を鍛え、ついに神様と会うことができた。


 僕の敬虔な行いに感動した神様は[人化]、[硬化]、[狙撃]という三つの能力を与えてくれた。

 その能力を得た僕はスナイパーとして生きる決意をして、故郷の森を出たんだ。


 森を出たところで僕はソラナと運命の出会いを果たした。

 ソラナはただの村娘に見えたけれど、本当は滅びたステラ王国の王家の血筋を引いていて、世界各国から狙われているんだって。


 僕は帝国騎士に攫われたソラナを颯爽と助けて永遠の愛を近いあった後で⋯⋯。


「——ケイダくん! ケイダくん!」


 なんだか声が聞こえてくる。

 それに肩のあたりに柔らかい感触が⋯⋯。


 僕は目を開けた。

 するとすぐ目の前にソラナの顔があった。


 ち、ち、ち、近い!

 あまりの近さに僕は飛び退きたい気持ちだったけれど、寝ていたのでこれ以上の後退は不可能だった。


 僕が目を覚ましたのを確認すると、ソラナは至近距離でにっこり笑った。

 彼女の碧く透き通るような瞳は夜だというのにきらめいていて、僕の心を今日も容赦無く撃ち抜いてくる。


「おはよう。そろそろ見張り交代の時間だけれど大丈夫そう?」


「あ、う、うん。大丈夫だよ」


 もうそんな時間になったのか。

 ということは三時間くらい眠っていたのかな。


 野営する時、僕たちはかわりばんこに見張りをしている。

 僕は本体がセミなのであまり睡眠を必要としないから早めに見張り番を変わることになっている。


 料理をはじめとした多くのことをソラナがやってくれているので、見張りくらいは僕の担当でも良いんだけど、ソラナは自分ばっかり眠ると申し訳ない気持ちになるらしい。


「それじゃあ、ゆっくり休んでね。何かあったら声をかけるから」


「うん。分かった。今日もお願いね。⋯⋯それじゃあ、おやすみ」


「おやすみ」


 僕は旅行者用の簡易天幕を出て、薪がくべられたばかりの焚き火の前に座った。

 ふぅ、と息を吐いて力を抜いた途端、喜びの気持ちが湧き上がってくる。


 なぜかって?

 それはついにソラナと敬語をやめることができたからだ。




 あれからアービラの街を出た僕たちは山を越えて隣の街にたどり着いた。

 そこですぐに乗合馬車に乗って四日間進んだ後で、違う馬車に乗り換えた。

 それからまた二日間馬車の中で過ごした後、僕たちはスパーダ王国とハルト王国の国境近くの街までやってきたのだ。


 馬車に乗って国を出ようとしたのだけれど、街についたら馬車の数が少なく、料金もかなり高かったので、僕たちは歩いて国境を越えることにしたのだ。


 ハルト王国への道は多くの人間が利用するので馬車が少ないなんてことはないらしいんだけれど、どうやら馬車は街を出たっきり、なかなか帰ってこないようだった。


 まぁちょっとした騒動や悪天候があるとそういうこともあるらしいから、それほどおかしいことではないと街の人が言っていた。


 そんな旅の途中、僕たちはずっと一緒だったのでお互いを「ケイダくん」「ソラナ」と呼ぶことにはいつのまにか慣れてしまった。

 だけどお互いの呼び名が定着していけばいくほど、敬語であることがおかしく感じてしまう。


 それに、親しげに呼び合っているのに話し言葉が敬語だと、乗合馬車の他の乗客になんだか生暖かい目で見られてしまうのだ。


 なぜだか分からないけれど、複数の女性に「駆け落ちなんでしょ!? ひゅーひゅー」と囃し立てられることもあった。


 僕たちは普通にしているつもりだったんだけれど、なんかそういうオーラとか空気があるんだろうか?

 駆け落ちっぽいオーラっていうのも分からないんだけれど、まぁそう言われて悪い気はしなかった。


 だけど、見かねたソラナが「ケイダくん⋯⋯もう敬語はやめよっか」って突然言い出したんだ。

 その時のソラナはとんでもなく可愛くて僕の心のアルバムに永久保存しているんだけど、とにかく僕たちは一昨日くらいから敬語をやめて話すことになった。


 これって友達以上なんじゃないかなって僕は思っているんだよね。

 よく聞いた謎の言葉に「友達以上恋人未満」っていうのがあるんだけれど、多分いまの僕たちの状態をぴったり表していると思う。


 この関係を崩したくないから踏み出すのが怖くて⋯⋯とかいう話を風の噂で聞いて「けっ」って思っていたんだけれど、いざ自分がなってみるとどうしようもないものだね。


 無理に近づいて今がなくなるぐらいだったら僕は今のままの関係が良いなって思ってしまっている。 

 それぐらい今が楽しくて充実しているんだよね。




 そんな感じで僕たちはいまハルト王国の国境付近に近づいていて、夜が開けたら関所に向かうことになっているんだ。


 ここまでの旅は順調だった。

 世間知らずの僕が旅をするなんてと思ったけれど、この世界では自分の街を出たことがない人も多いみたいで、ちゃんとお金を払って礼儀正しくしていれば乗合馬車でバカにされることなんてなかった。


 むしろみんな僕らの関係に興味があるみたいで色々話を聞いてくれたよ。

 なぜか年上の人は男も女も下世話な話を聞きたがったけどね!


 このまま何事もなくスパーダ王国を出て、ハルト王国に入れるといいんだけどなぁ⋯⋯。

 そう思って焚き火を見つめながらぼーっと朝を待っていると女性の大きな声が聞こえてきた。


「あいつらマジでありえねぇ! 胸を見せろってそんな関所があるなんて聞いたことねぇぞ!!!」


「しーっ⋯⋯。まだ夜が明けてないんだから大きな声を出しちゃいけないよ、カルディアちゃん」


「こんなところに人がいるわけねぇだろ!」


 いるんだけどなぁと思って声の方を見ると、赤毛でスレンダーだけど露出の激しい女性と厚手のローブを着たグラマーな女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 ⋯⋯胸がなんですって?

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