第63話:◆ロルス・ローランドの戦慄
ロルス・ローランドはスパーダ王国の王都に向かう馬車に揺られていた。
今回の件をこの国のギルド本部に報告して、王都で待つ仲間たちと話をする必要があった。
ロルスは軽く手を握り、拳頭を見た。
ケイダの拳に打ちつけた時の感触がまだそこに残っている。
振り返ると今回のアービラでの滞在はケイダと出会ったことが最も大きなことだった。
ロルスは冒険者ギルドで登録しようとしているケイダを見た時、つい声をかけてしまった。
あれだけの実力を持っている人間がF級から始めるだなんて言い出したので驚いたのだ。
最下級からとなれば、使いっ走りや掃除のような仕事から始めて周りの冒険者からも見下されることになる。
ロルスはそれが許せないと思ったので、関わるつもりはなかったのに名乗り出てしまった。
ケイダが話を受けると言った時、ロルスはこれで『恩を売れる』と思った。
だけどその考えをすぐに捨て去った。
ケイダは明らかに自分を超える実力を持っている。
のしあがろうと思えばいくらでも上に行くことが出来るだろう。
そんな人に対して推薦をするのはただ親切をしたくらいに過ぎないようにロルスは考えるようになった。
むしろ、ここから伝説が始まるのではないかと思い、その始まりの瞬間に立ち会えたことを嬉しく思ったくらいだった。
次の日、ロルスはケイダと共に森を探索した。
ケイダは身のこなしは悪くなかったけれど、冒険者として必要な基礎知識を何も知らないようだった。
どうやらケイダはこれまで山奥に住んでいて、魔力鍛錬ばかりしていたので他のことには疎いようだ。
山奥に住んでいたのだったら自力で全てをしなければならないのでむしろあらゆることを分かっているはずだとロルスは思ったけれど、きっと事情があるのだと思ったので追及することはなかった。
それにそんなことよりも大きなことがあった。
ケイダが魔力で鳥の絵を描いたのだ。
指先から魔力が伸びてウネウネと動き出した時も驚いたけれど、それが正確に鳥の形になったのを見てロルスは飛び上がりたくなるほどの衝撃を受けた。
元々ケイダのことは規格外だと思っていたけれど、想定していた実力の何段階も上の力を持っているのではないかとロルスは思わざるを得なかった。
そう、例えばロルスが幼い頃から憧れている神代の英雄たちのような力をケイダは持っているのではないかと思わない訳には行かなかった。
◆
ケイダと街に戻った後、ロルスはまた街の外に出て剣を振り続けた。
ロルスはこれまで「天才だ」と呼ばれるのが嫌いだった。
自分は相応の努力をしてきたはずなのにそれを軽んじられるような気がしていたからだ。
でもケイダの話を聞いて、自分は本当にたまたま才能に秀でただけだったのだとロルスは分かってしまった。
ケイダの常軌を逸した鍛錬方法を聞いて、これまでの自分の努力は生ぬるかったのだと思い知らされた。
覚悟が足りなかった。
向上心が欠けていた。
常識が邪魔をしていた。
常に死と隣り合わせの修行を長年続けてケイダはあの力を手にしたのだ。
愚直に魔力量と操作性だけを追い求めて、あの領域に達した。
確かにあれだけの力があれば武術なんて必要ないだろう。
身体強化を使えば傷を負わないだろうし、魔法が発動してしまえば防げる道理はない。
ケイダと比べると自分はただの器用貧乏だ。
正直思い知らされた。
ロルスはこれまでの自分を恥じた。
けれど不思議と落ち込むことはなくて、むしろ楽しくて仕方がなかった。
自分はまだ強くなれる。
夢や伝説の中にしかいないと思っていた英雄は現実に存在する。
これまでに積み上げてきた幾多の想いが一気に収斂する。
天才ロルス・ローランドは新たな目標を見つけ、まるで子供のように無我夢中で剣を振り続けた。
◆
それからロルスが再び街に戻ると、街の中心の方に人が集まっていて何やら騒ぎになっていた。
気になったロルスは人だかりになっていた場所に近づくと、そこにはケイダがいた。
ケイダは青い顔をしていて、ロルスを見るなり近づいてきた。
そして頭を下げながら大きな声でこう言った。
「ロルスさん! 僕に力を貸してください。あなたの助けを借りたいんです!!」
ロルスはこの光景を一生忘れることはないだろうと思っている。
これまでロルスはたくさんの人を助けてきた。
助けてくれと言われた回数は覚えられないほどに多い。
誰しも必死だったし、あらゆる利益をロルスにもたらそうとしてくれた。
だけどロルスはそんな願いに半ば義務的に応えてきただけだった。
時には冒険者として、時には貴族として、必要だと思ったから人を助けてきた。
けれどケイダに助けを求められた時、ロルスの胸にこれまでに感じたことのないような熱い想いが去来した。
ケイダの姿はみっともなかった。
あれだけの力を持っているのに落ち着きがなくて、頼りなくて、周りの目を気にする余裕すらないようだった。
でも、だからだったのだろう。
ケイダは心の底から自分を必要としているのだとロルスには分かった。
そして、だからこそロルスは痛感した。
あのケイダにすら解決できないことがある。
自分にだって出来ることがある。
まずはそこから始めてみよう。
やれることをやってみよう。
答えは決まりきっていた。
だからロルスはケイダに負けず劣らずの大声で彼の求めを受け負った。
いつか彼と肩を並べられる存在になるという覚悟のこもった言葉を添えて——
「分かりました。このロルス・ローランド、あなたに助力いたします。⋯⋯友として!」
ロルスの身体はこれまでに感じたことがないほど熱くなっていた。
◆
ロルスは馬車に揺られながらその後に見たケイダの魔法を思い出して身震いした。
街中の対処を一通り指示したロルスは街の隔壁の上にある物見の部屋に入り、双眼鏡でケイダの姿を探していた。
暗かったのでほとんど何も見えなかったのだけれど、ケイダに動きがあれば分かるような気がしていたのだ。
そうしてロルスが静かに森の方を見ていると、丘の方で莫大な量の魔力が発生した。
その魔力は瞬時に凝縮され、弾けるように遠くへ向かって射出された。
放たれた瞬間には着弾していたので、その軌道を追うことはできなかった。
ロルスに分かったことは、それが超遠距離攻撃であり、狙われてしまえば回避することは不可能だということだった。
恐ろしいという言葉では片付けられないほどの技だ。
それから何度もケイダは魔法を放ったけれど、その技量は素晴らしいという他なくて、魔導士としての一つの到達点を示しているのだとロルスには感じられた。
「俺はケイダと肩を並べて戦えるようになるのだろうか⋯⋯」
ロルスは気付けば胸元から女神のレリーフを取り出し、握りしめていた。
ケイダとの別れの時、ロルスは大言を吐いた。
いつか必ず『女神の楽園』を攻略すると言い切ったのだ。
もし本当にケイダに助けを求めるのであれば、自分はいまのままではいけないだろう。
彼におんぶに抱っこで最深部まで行ったとしてもなんの意味もない。
自分の力もあって攻略できたのだと実感するためには今のロルスでは実力が不足しすぎている。
これからロルスはスパーダ王国の王都に戻る。
ギルドで報告をしたり、ハルト王国にいる家族に忠告の手紙を書いたりするのも大事な仕事だけれど、一番重要なのはパーティメンバーと話をすることだ。
ロルスはこれから狂気の世界に足を踏み入れる。
自分のはるか前を進んでいるケイダに追いつくために命をかけて己を鍛える必要がある。
脇目を振っている暇はない。
おかしいのはそんなことをしようとする自分の方だという自覚はある。
だからこそ、仲間に同じ道を進むことを強要するつもりはない。
でもロルスはもう止まることはできないのだ。
誰に諭されようとも引き返すつもりはない。
友としてケイダの横に立ち、いつか背中を預けてもらえるようになる。
そう決めたロルス・ローランドは人知れず体を震わせていた。
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お読みいただきありがとうございます。
このセミ☆スナイパーですが、この一章完結を持って執筆を中止しようと思います。
近日中に書いたところまでを投稿しますが、中途半端なところで終わりますのでご了承ください。
また別の作品でお会いできたらと思います。
応援ありがとうございました。
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