第61話:友との約束
旅立ちの準備を整えた僕たちはアービラの街の門に向かって歩いていた。
僕は新しく購入した中古服を着ていて、背には大きなリュックを背負っている。
旅人として見た目に違和感がなく動きやすい服をソラナに見繕ってもらったのだ。
腰にはナイフと鉈を差している。
これも中古だけれど結構良い物みたいだ。
どちらも日常生活を送る上で重要な物資なのでそれほどお金を積まなくても良い品が買えるのだと思う。特に田舎だと。
昨日から時折ソラナは物憂げな表情を見せることがあった。
襲われたというのに不思議なほど元気な彼女だったけれど、ふとした時に寂しげな表情をするのだ。
思わず顔を見ると整った顔の造形にドキッとしてしまう。
ニコニコだと良い意味で顔がくしゃっとなってそれが魅力なんだけれど、表情が真剣になるとギャップが生じるみたいだ。
顔つきはもしかしたら結構大人っぽいのかもしれないと思った。
まつ毛長いなぁ。肌のキメが細かいなぁ。と僕がじっと見てもソラナはそれに気づかないようだったので、チラチラ見まくってしまった。
目を合わせるといつもにっこりしてくれる彼女だけれど、反応がなくても見たくなるなんてねぇ。
話がずれたけれど、僕はそんなソラナの様子がずっと気になっていたので、街の真ん中で立ち止まり口を開いた。
「ソ、ソラナ⋯⋯。故郷を出ることになると思うけれど、大丈夫ですか?」
「ケ、ケイダさ⋯⋯くん。あ、ありがとうございます。大丈夫なのですが、この街を出たらもう帰って来ることはないかもしれないと思うとやっぱり少し寂しいですね」
ソラナは辺りを見回しながらそう言った。
街は暗くて火が灯っているところは多くはない。
でも僕には彼女の顔がはっきりと見えた。
「私の村は滅んでしまいました。全員が亡くなったというわけではありませんが、あの地を放棄したのであとは廃れて行くばかりです」
ソラナの目には涙が浮かんでいたけれど、顔つきは凛としていた。
きっと悲しみを乗り越えて前に進もうとしているからそういう表情になるんだと思う。
「そうなると、私が幼い時の記憶が残っているのもここアービラだけになります。お母さんにお父さん、そして妹のソアラ⋯⋯。みんなとの記憶はもうここにしか残っていないんです⋯⋯」
そうやってまた暗い街の姿を目に焼き付けようとするソラナに僕は何も言うことができなかった。
こんな時に気の利いた言葉を伝えられたらって思うんだけれど、残念なことに社会経験の乏しい僕には不可能だった。
だから僕は黙ってソラナの気が済むまでひっそりと佇んでいた。
◆
しばらく経ってから僕たちはまた歩き始め、門を出た。
これから向かう方向にはソラナを攫った男たちが進もうとしていたのと同じ道がある。
僕とロルスさんが入った森がある方向でもあるし、必死で僕が駆けずり回った方でもある。
思えば短い間に色々なことがあった。
あれから僕はロルスさんと話をしようと何度も宿を訪ねたんだけれど、あいにく不在だったみたいでお礼も別れの挨拶をすることもできなかった。
本当にお世話になったのに申し訳ない。
このお返しはいずれしないといけないだろう。
それにロルスさんは僕のことを「友」と言ってくれたのだ。
ソラナを除けばこの世界で初めてできた友達⋯⋯。
前世でも友達はいたんだけれど、入院生活がなくなると段々疎遠になっちゃったなぁ。
病院で仲良かった人もいたんだけれど、お互いに弱っていたからあんまり関係に深入りすることはなかった。
「ロルスさん⋯⋯」
僕の助けに応えてくれた時のロルスさんは本当に格好良かった。
多分僕よりちょっと年上なだけだけれど、僕もああいう風になれたらいいなぁ。
なんて考えていたら、少し遠くの方から人影が現れた。
「やはりバレてしまいましたか⋯⋯。流石ですね」
「ロルスさん!」
それは街で会うことができなかったロルスさんだった。
え、これが噂をすれば影がさすって奴?
ってかなんかロルスさんが「敵いませんね」みたいに肩をすくめているんだけれど、100%偶然です⋯⋯。
「ロルスさん、ここにいたんですか⋯⋯。街で探しても会えなかったのでどうされたかと思っていましたよ」
「調べていくうちに警備隊も今回の件はどこかおかしいと思い始めたみたいでしっかりめの検分が入っていたのです。俺もいくつか気になることがあり、立ち会っていました」
「僕達はごく軽い取り調べを受けただけですが⋯⋯あれで大丈夫でしたか?」
「はい、問題ありませんよ。被害者ですし、犯人の死体が見つかった時点で追加の犯行もないと分かりますから。あの街を早く離れたいという心理も理解されやすいです」
ロルスさんは魔法でぼんやりと光を灯してから話してくれた。
元々話すのが上手い人だと思うけれど、ここにいたのもあるし、説明を準備してくれていたんじゃないかと思う。
「ロルスさん、何から何まで本当にありがとうございます。ロルスさんがいなかったら今頃どうなっていたか⋯⋯」
僕がそう言うとソラナも前に出てきて頭を下げる。
「ロルス様、助けていただき本当にありがとうございました。貴方の助けがなかったら私は死んでいただろうとケイダさんから改めて話を聞きました」
「いえ、今回のことはここまでにしましょう。実は捜査に立ち会えたことは俺にとっても利益がありましたし、俺の働きで帝国軍の侵入が判明したとなればこの国に恩を売ることもできるのでね」
ロルスさんはニヤっと笑っている。
もしかしたら本当に利することがあったのかもしれないなぁと思うけれど、それとこれとは話が別という気持ちに僕はなった。
「だとしても、何か返せるものはないでしょうか。あれだけ助けてもらって何にもないというのもむず痒いのです。その⋯⋯と、と、友として」
僕が話し始めた時には困った顔を浮かべていたロルスさんも『友』という言葉を聞いて顔をパッと明るくさせた。
「ケイダさんがそこまでおっしゃるなら⋯⋯。そうですねぇ⋯⋯それでは俺が『女神の楽園』の完全攻略に乗り出した時に手を貸していただけませんか? いまはまだ未熟ですが、いつか必ず強くなって攻略者になると決めているんです!」
「必ず⋯⋯必ず助けます!」
ロルスさんは僕の目を見て気迫をみなぎらせた。
そして不敵に笑った後で拳を握り、前に出した。
僕も彼に合わせて拳を握り、前に突き出した。
ロルスさんが何をしたいと思っているのか自然に分かったのだ。
ゆっくりと前に出される僕の拳にロルスさんの拳がぶつかった。
速度はそこまでではなかったけれど、そこには万力のような強い力が込められていた。
その強さが彼の覚悟を表しているかのようで、不思議な心地よさがあった。
「ここまでの約束をしたんだ。共に敬語はいらないよな? ケイダ、俺のことは呼び捨てにしてくれ!」
「ロ、ロルス⋯⋯」
そして恥ずかしながら呼び捨てする僕を見て、満足そうに笑うとロルスさんはアービラの方に帰って行った。
ふとソラナの方を見ると彼女は胸の前で手を合わせながら微笑を浮かべていた。
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