第60話:旅立ちに向かって

 お互いの隠し事を話し合ったあと、僕たちはさらに親密になった気がした。

 向こうからの提案で、僕はソラナと呼び捨てをすることになり、彼女は僕を君付けで呼ぶことになった。


 そのまま喜びで脳が爆発しそうになった僕は、とにかくいろんな話をしまくった。

 ソラナもそれに付き合ってくれて、気づくと夜が明けていた。


「つい話し込んでしまいましたね⋯⋯」


「そうですね。私も少し調子に乗りました。午後から聴取を受けることになるとロルス様がおっしゃっていたのでそれまで仮眠を取ることにしましょうか」


「そうしましょうか。そして聴取が終わったら早めに休んで、明日の夜か明後日の朝にはこの街を出た方が良さそうですよね?」


「おそらくそうした方が良いのだと思います。改めてロルス様に相談した方が良さそうですが、旅の準備を整えなければなりませんね」


「今度は僕も一緒にまわりますので⋯⋯。必ずあなたを守ります」


「頼りにしています!」


 こんな会話をしてからソラナは部屋に戻って行った。

 僕はと言えば、ちょっと舞い上がっていたので軽く横になっただけでほとんど眠ることはなかった。


 暇だったので魔力を練り上げてサングラスみたいなの作れないかずっと試していた。

 スナイパーってなんかサングラスかけてるイメージあるよね?





 昼前に起きたソラナとご飯を食べていると宿にロルスさんがやってきて挨拶してくれた。


「ソラナ嬢、昨日は休めましたか?」


 ロルスさんは紳士的な様子だ。

 昨日街に帰る時は神妙な顔つきだったけれど、今は朗らかに笑っている。


「はい。問題ありません」


 答えるソラナの方も疲れは残っているようだけれど、昨日攫われた人間とは思えないほどにしっかりとしている。


 でも、よく考えたら普通じゃないよね。

 見ず知らずの男たちに突然街で襲われて怖い思いをしたというのに次の日にはちょっと疲れましたくらいでケロッとしているんだから⋯⋯。

 これが王族の胆力なの?

 僕だったら数日は寝込むと思う。


「昨日あれから警備隊やこの街の領主に話をしておきましたが、やはりお二人からも話を聞きたいということになりましたのでこれから警備隊の詰め所の方によろしくお願いします。例の痕跡の件については昨日の夜のうちに何とかしておきましたのでご心配なく」


 ロルスさんが如才なく事を進めてくれているようだ。

 お世話になりっぱなしだから何かお返しをしたいところだけど、僕が持っているものは全部持っているんじゃないかと思うからどうしようもない。


 でももしかしたら奇跡的に何か欲しいものがあるかもしれないから、この街を出るまでにちょっと聞いてみた方が良さそうだね。


 気づいたらここにいる人たちってすごい特殊だよね。

 新進気鋭のA級冒険者に亡国の王女に、セミ。

 なんか僕だけしょぼいけど⋯⋯まぁ、仕方ないか!


 ⋯⋯このあと警備隊に行きましたが優しいおじさんたちが腰低く質問をしてくるだけで、特に何も起きませんでした。

 これもロルスさんの配慮だったのだろうか。





 それからその日はソラナと街をまわった。

 僕が分かる限りになっちゃうけれど、ソラナの捜索をしてくれた人たちにお礼が言いたかったのだ。


 ソラナのことを知っている人たちはお店の人たちが多かったからついでに旅に持って行く準備も整えてしまった。


 街を歩いていると「ひゅーひゅー」って囃し立てられることが何度かあったんだけれど、僕達の話が広まっているのかもしれない。


 そうされるたびにソラナが顔を赤らめて俯くからさぞ恥ずかしいんだろうなぁと思っていた。

 顔をしっかり見られたらかわいかったと思うんだけれど、あいにく僕の方が真っ赤な顔をしていただろうから途中から街の地面の記憶しか残っていない。




 街を一周してから僕たちは宿に戻り、ゆっくり過ごした。

 名前の呼び方を変えるということになったけれど、あれからソラナの名前をあんまり呼べていない。

 やっぱり気恥ずかしいし、呼び捨てにしているのにも関わらず敬語なのは同じなので違和感を持ってしまうのだ。


 ソラナも同じ理由なのかは分からないけれど、僕の名前を呼ぶことはほとんどなくなっている。

 二人で行動していると別に名前を言う必要ないしね。

 用事がある時も「あの⋯⋯」とかから始めれば分かるから。


 だけど、お互いの変化は明らかなのでソラナが意識しているのを僕が分かっているように、彼女の方も僕の様子に気づいているに違いない。

 その感覚がさらに気恥ずかしくさせるんだけれど、どこか楽しさもはらんでいる。




 出発は明日の深夜ということになった。

 暗いうちに出発して山越えをするころには朝になっている目算だ。


 次の目的地はハルト王国。

 何日か歩いて次の街を目指し、そこからは乗合馬車を利用することになっている。

 

 ロルスさんが早めに国を出た方が良いと言っていたので高めのお金を払うつもりだ。

 お金が心許ないことをロルスさんに伝えたんだけれど、僕が魔物を倒してギルドに納品すれば何の問題もないらしい。


 たまにロルスさんが僕の事を子供でも見るような優しい目になるんだけれど、どう思われているんだろうか。

 世間知らずと思われているのには間違いがなさそうだけれど⋯⋯こんなに物を知らない人っているのかなぁ。


 出身地を聞かれた時にはうまくはぐらかしたし、「深い森で長年修行生活を送っていて⋯⋯」と嘘ではないことを言ったからその影響なのかもしれないけれ何か妙に優しい気がするんだよなぁ。

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