第59話:過言だよね
僕の左腕の上の方にある星が神様の加護の印だということを知った。
この印はソラナとお揃いで、僕たちが世界中から狙われる理由になるらしい。
ソラナは自分の騒動に僕を巻き込んでしまうことを気にしていたようだけれど、結局僕は世間知らずだし、何よりソラナとこれからも一緒にいたかったので事情を聞いても彼女の元を離れる気にはならなかった。
「それで、ケイダさんのお話というのは何でしょうか」
抱きつかれて夢心地だった僕は、ソラナのそんな言葉に冷や水をかけられたような気持ちになった。
ちなみに話し終えたソラナはまたカーディガンを留めてしまったので、前は閉じている。
ソラナから隠し事があると言われた時、僕も伝えていないことがあると彼女に言った。
その時に真っ先に思い当たったのは僕がセミであるということだったのだけれど、この話をしても良いものか見当がつかなかった。
優しいソラナのことだから、きっと僕がセミであっても受け入れてくれるだろう。
そんな楽観的な気持ちが湧いてくる。
だったら伝えてしまえば良いだろう。
だけど一方で、絶対にそれを言ってはいけないという絶望的な気持ちも出てくる。
彼女は虫好きのセミ好きだと教えてくれたけれど、それとは話が違う気がする。
僕も前世では猫を眺めるのが好きだったけれど、目の前の人が本当は猫だったら見る目が変わると思う。
⋯⋯目の前のソラナが猫で「ケイダさんにゃ」とか言ったらやばいですね。
いけないいけない。僕は変な方向に行きそうな思考を強引に現実に引き戻した。
ソラナは期待に満ちた目で僕の方を見ている。
何を話してくれるんだろうと興味でいっぱいの目だ
そんな信頼感の伝わる表情がいまの僕には辛かった。
僕は全てを伝えようと大きく息を吸い込む。
できればソラナの前では誠実でいたかったからだ。
彼女に隠し立てをすることはなく、自分の正体を伝えたかった。
「ソラナさん、実は⋯⋯僕はセ——」
僕が口を開いた瞬間、ソラナの顔が喜色に染まった。
その顔があまりにも綺麗で清廉で、僕の感情が爆発した。
あぁ、やっぱりその顔を曇らせたくない!!!
「世界⋯⋯」
「世界?」
「僕にはこことは違う世界で生きていた記憶があるんです。だけどその代わりにこの世界の知識や記憶はありません」
「え!? そうだったんですか?」
ごめんなさい。
僕は臆病者です。
臆病者のセミなんです。
でもこのことを伝えていなかったっていうのは事実だから⋯⋯。
「特定の記憶がなくなってしまったと言いましたが、すいません。それは嘘です。本当は前の世界での記憶があるだけで、この世界のことは何にも分からないんです」
「⋯⋯だから時々とても鋭い考えを口にされることがあるんですね」
ソラナは僕のことをまっすぐ見ながらそう言った。
転生者というだけでも気持ち悪く思われるかもしれないと思ったけれど、そんなことはなさそうだ。
「その記憶によれば僕は十代の頃には病気になってそのまま病院で死んでしまったみたいなんです。あの世界では魔法はなかったのですが、代わりに発展した高度な文明がありました。人同士の戦いはありましたけれど、魔物もいなくてそれなりに平和な世界だったんです」
「そうだったんですか⋯⋯。それは分かりませんでした。女神様の加護も気がついたらあったのでしょうか?」
「いえ⋯⋯気がついたら僕は生まれ変わって『女神の楽園』にいたんです。そこで何とか生きながら森にあった祠に入り、神様と出会ったんです」
「そ、それってもしかして祠にある女神様の像に触れたということですか?」
ソラナがぐいっと僕の方に近づいてきた。
ふわっと強い香りがして、胸の高まりが止まらない。
さっきまでも良い香りがしていたけれど匂いが変わりました?
「そ、そうですね。祠の地下に女神の像があったのでそれを掃除すると神様のいる真っ白な世界に呼ばれ、直接加護をいただきました」
「⋯⋯ステラ王国の始祖様が加護を賜った時の伝承と一致する部分が多いです。地下や掃除といったことは分かりませんが、一面真っ白な世界で女神様に会ったというのは同じです。ケイダさんは『攻略者』だったんですね」
納得した様子でソラナは笑った。
さっきまでもかわいいと思っていたけれど、さらに磨きがかかったように僕には見える。
そんなことをする勇気は僕にはないんだけれど、そのまま抱きついてしまいたい衝動に駆られてしまう。
「神様に力をいただいたのは良いんですけれど、それでも勝てなさそうな魔物があそこにはいたので、僕は森を出たんです。それでどうしようかと途方に暮れながら樹液を吸っている時に⋯⋯ソラナさんに出会いました」
「そうでしたか⋯⋯。だとしたら私は相当に運が良かったみたいですね。こういう出来事をステラ王国では『星のお導き』と言ったそうです。ケイダさんと会えて本当に良かった⋯⋯」
ソラナは胸の辺りで両手を合わせて嬉しそうな顔になった。
その様子を見て僕も自然に頬が緩む。
「ぼ、僕も⋯⋯ソラナさんに会えて良かったです。あの⋯⋯す、す、すごい嬉しいです」
勢いに任せて「好きだ」と言いそうになっちゃったんだけれどすんでのところで思いとどまった。
危ねぇ。口が滑るところだった。
せっかく良い雰囲気だったのにそれをぶち壊す勇気は僕にはなかった。
「あ、あの⋯⋯ケイダさん⋯⋯」
「はい、何でしょう?」
僕が内心で悶えているとソラナが珍しくもどかしそうな様子で口を開いた。
何か言いづらいことでもあるのかな?
「私たちって出会ってから日は浅いですが、それなりに仲良くなりましたよね? 村にいた同年代の子ってみんな幼馴染だったから、私は人との距離感が分からなくって⋯⋯」
ソラナは意外なことを言った。
街の人ともかなり仲良さそうだったから人馴れしていると思ったんだけど、意外に苦手な部分もあるようだ。
僕はあえて胸を張って答えた。
「僕も以前の世界ではずっと病院にいたので人との距離感は分かりません。でも僕たちは仲良くなったと思います!」
謎の自信を漲らせて断言してみた。
これを仲良いと言わないと、僕が仲の良い人はこの世界でも前の世界でも一人もいなくなってしまうからだ。
そんな僕の言葉を聞いたソラナは上目遣いになって目を潤ませ始めた。
「で、ですよね⋯⋯。だったらお願いがあるんですけど⋯⋯ケイダさんのことをケイダくんって呼んでも良いでしょうか⋯⋯?」
「も、もちろんですとも!」
案の定、僕は即答した。
当然うれしかったんだけれどね。
「よ、良かったです! では私のことは呼び捨てでソラナとお呼びください。ほら、ケイダさんの方が年上ですし⋯⋯」
え? 呼び捨てにしていいんですか?
僕は君付けなのに?
「え、いいんですか? だったら僕も呼び捨てで良いですよ?」
「私は良いんです⋯⋯。まずはくんからということで始めさせてください」
突然甘くなった空気に僕はクラクラしてきた。
顔が真っ赤になっていると思う。
「試しに言ってみますね⋯⋯。ケイダくん⋯⋯」
ソラナも顔を真っ赤にして僕の名前を君付けで呼んだ。
何これ、すんごい嬉しいんだけど!
「ソラナ⋯⋯」
「はい⋯⋯」
ねぇ、何これ!
これってもう付き合っていると言っても過言じゃないよね!?
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