第58話:星印

 部屋にやってきたソラナの話を聞いて、いまこの世界で起きている国家間の争いが終わらないのは女神の加護を持つ者がいないことが原因だということが分かった。


 五十年前まではステラ王国という国が女神の加護を保持していたようだったけれど、滅んでしまったのだ。


 だが、ソラナは自分のことをそのステラ王国の王家の血を引く者だと言い、胸の広い谷間にある星形の印を見せてくれた。

 それは僕の左肩にある印と全く一緒であるように見えた。


「ソラナ・アイテラス・ステラーですか⋯⋯」


「そうです。黙っており申し訳ありませんでした」


 ソラナは僕に向かって頭を下げた。

 その動きによってカーディガンの位置がずれて大事な部分が見えるのではないかと思ったけれど、意外にも鉄壁だった。


 大事な話をしているのに完全に気が散ってしまっているのに気がついたので、僕は何とか気持ちを切り替えようと努力した。

 だけど裸に厚手のカーディガンだけを着て、前をはだけさせている好みど真ん中の美少女の魅力の前ではなす術がないように思ってしまった。


 なんとか話を進めようと僕は着ていた服を脱いだ。

 これで半裸の男女が二人、ベッドの上に腰掛けて横並びに座っていることになる。


「ここを見てください。僕の左腕の上のあたりにも同じ印があるんです」


「⋯⋯やっぱりそうでしたか」


 僕の左側に座っていたソラナはそう言ったあと、僕の腕の印がある辺りにそっと手で触れた。

 意外にあったかくてすべすべの感触に眩暈がしそうになった。


「やっぱりということは分かっていたのですか?」


「はい。我が家に伝わる本に加護を持つ者同士が出会った時の伝承が書いてあったので、そうなのでないかと思っていました。本には初対面であってもひどく懐かしい気持ちになり、まるで家族や昔から知っている友人のような感覚になると記述されていました。はるか昔には女神様の加護を持つ者が複数いる時代もあったようですね」


 確かに僕がソラナに会ったときも同じような気持ちになった。

 ついでに言うと女神様に加護を授けられてから白ムクドリに変に安心感を持ったのもそれが原因なのかもしれない。

 あいつは頭に星を持っていたし、あの祠を守っていたんだから使徒で間違いないだろう。


 それにソラナがやけに歴史や情勢に詳しい理由も分かった気がする。

 彼女が亡国の王家の血を継いでいるのであれば歴史書を持っていてもおかしくないし、高度な教育を受けている可能性も高いだろう。


「そしてそれがソラナさんが狙われる理由になるということですね」


「その通りです。私を街で誘拐した人たちは私がステラ王国の血を引くものだということを何故か知っていました。そのおかげで乱暴をされずに済んだのですが、彼らは私から必死に情報を聞き出そうとしていましたね」


 ソラナを捕まえて国まで連れて帰り、結婚でもさせようとしたとかそう言うことだろうか。

 帝国だったら皇帝とか皇子とかの配偶者にするのかもしれない。


 そんなことを考えているとソラナはどこから取り出したのか涙型のペンダントを手に持って僕に差し出した。

 それは以前ソラナの母の形見として見せてもらったものだった。


「これが『星の雫』です。彼らに調べられましたが何とか上手く隠すことができました。ケイダさんも魔力を込めてみてください。」


 ソラナはいたずらっ子ぽい笑みを浮かべた。

 調べられたってどんなことをされたんだろう。

 うらやましいような⋯⋯。いや、何でもありません。


 というかソラナは加護だけではなく、その証明になる道具の方も持っていたようだ。

 これがあればもう疑いの余地がないってことなんだろうね。


 僕はソラナからペンダントを受け取り、ゆっくりとそこに魔力を込めた。

 中に液体が封入されているようなのできっとそれが星の雫なんだろう。


 僕が魔力を込めると中の液体は激しく渦を巻き、まばゆい光を発し始めた。

 なんかちょっとペンダントが熱くなっているけど大丈夫かな?


「すごい⋯⋯。伝承の始祖様に匹敵する加護の強さです⋯⋯」


 ソラナは星の雫の様子を見て感嘆している。

 よく分からないけれど彼女から褒められて嬉しくないわけがない。これが褒められてるんだとしたらだけどね。


 ペンダントが洒落にならないくらい熱くなってしまったので僕は魔力を込めるのをやめてソラナにそれを返した。

 するとソラナも星の雫に魔力を込め始めた。


 僕の時と比べると変化はかなりマイルドで、液体はくるくると動き、光もチカチカっとするくらいだった。

 幼虫期からの訓練のおかげで僕ってかなり魔力量が多いみたいだからその差かなぁ。


「これが私が話したかったことになります。ケイダさんのおかげで私を襲った人たちはいなくなりましたが、もしかしたら女神の加護を持つ者が現れたという情報が帝国には伝わっているかもしれませんし、私の家族が死んでしまったのは何らかの工作であるかもしれません。加護持ちの私は毒や病気への耐性があるのですが、それを見込んで何者かが仕組んだ可能性があるのです」


 あとで整理が必要だろうけれど、ソラナの話によってずっと疑問に思っていたことが解消されそうだった。

 ソラナは田舎娘の割には教養があるし、どこか品があるのだ。思えば食事の動作も結構洗練されていたと思う。


「私はこれから世界中から狙われるのかもしれません⋯⋯。今回のことで私の出自に騒動の原因があることが分かりましたので、このままではケイダさんを巻き込んでしまうことになると思い、話をさせていただきました」


 ソラナはとても申し訳そうな顔でそう言った。

 すごく困っているのが顔を見れば分かるんだけれど、その顔が魅力的なんだよなぁ。


「分かりました。というか教えていただきありがとうございました。おかげで今の状況をはっきりと認識することができましたよ」


 僕がはっきりとそう言うとソラナは目をつぶって覚悟を決めたような表情になった。

 多分厄介な事情を抱える自分のことは見放されると思っているんだろうなぁ。

 そんな訳ないのに。


「つまり、ここには女神の加護持ちの厄介な人間が二人いるということですよね? 世界中から狙われることになった者同士、助け合いましょうね!」


「え?」


 ソラナは目を開けて驚きを浮かべた。

 ついでにちょっとだけ喜びがこぼれていて、結構かわいい。


「ここには世間知らずなのに世界から狙われそうになる男がいるんですよ? ソラナさんの方こそ覚悟はできていますか? 狙われる理由が二倍に増えてしまいましたけれど⋯⋯」


 僕はあえて尊大な様子でそう言い切ってみた。

 きっとまだはだけているソラナの双丘を前にして舞い上がっているんだろうけれど、目の前の女の子の前で格好つけたかったというのが大きいんだと思う。


「一緒に来てくれるんですか⋯⋯?」


「もちろんですよ。ソラナさんが嫌でなければですけどね」


「私は嫌ではありません! いま世界で信じられるのはあなただけなんです⋯⋯。だから私からもお願いします。これからも私を助けていただけないでしょうか?」


「喜んで!」


 僕はソラナの目を見てそう言った。

 流されるでもなく、目の前の色香に惑わされるでもなく、そう思ったのだ。多分。


 ソラナは「ありがとうございます!」と言って、僕に抱きついた。

 忘れていたけれど、いま僕は上半身裸で彼女はカーディガンを羽織っているだけだ。

 だから必然的に彼女の剥き出しの胸が僕の腕に直撃した。


 左腕の皮膚に全神経を集中させた僕は鼻血が噴出しそうな気持ちになった。

 出なかったけど!

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