第57話:「見てください⋯⋯」
天井についているホコリの数を数えるという非常に有意義な過ごし方をしていた僕の部屋にソラナが訪ねてきた。
彼女は部屋に入ってから黙っていたけれど、『隠していたことがある』と言って話を始めた。
「以前ケイダさんに話したことがあると思うのですが、いま世界では二つの国が覇権を争っています」
いま僕たちがいるこの国と隣国の帝国が小競り合いをしているという話だったはずだ。
「この二国の対立が深まったのは約五十年前のことで、歴史的に見ると比較的最近のことです」
確かに五十年というのは歴史的に見たら近い出来事だけど、普通に考えたら結構長い期間だとも思う。
だけどソラナはなんでそんな話をし始めたのだろう。
僕は彼女の話を真剣に聞きながら、その意図を読み取るのに必死になった。
「ではその前はどうだったかと言いますと、とある国が世界を統べていました。それがステラ王国です。歴史順に話をすればステラ王国が滅び、その後どの国が世界の中心になるかを五十年間争っているというのがこれまでの流れになります」
「大国がなくなった後に乱世に突入したということですね。対立している国はずっと同じなんですか?」
「細かい動きはもちろんありますが大勢は変わっていません。このスパーダ王国がハルト王国と同盟を結んでロゼンジ帝国を抑え、帝国はクラブ聖教国からの支援を受け続けています」
前も同じ話を聞いた気がするけれど、僕はなかなか国の名前を覚えられなかった。
世界史の授業を受けているような気分だ。
「五十年も経つのに決着がつかないんですね。どちらかに戦況が傾きそうなものですけど⋯⋯」
「はい。ここ何年かはスパーダ王国が優位だと言われているようですが、いつその状況が帝国にひっくり返されるか分からないという見方もあるようですね。決着がつかないのは大きな激突をしていないということもありますが、両国には根本的に足りていないものがあります。それが女神様の加護です」
僕は故郷の森で出会った意訳系金髪碧眼女神様を思い出した。
確か僕って神様の加護をもらって使徒と呼ばれていたような気がするんですけど、この話に関係ありますかね?
とりあえず僕はそれとなく加護について聞くことにした。
「加護⋯⋯ですか?」
「女神アイテール様の加護のことです。それを得たということを示さない限り、人々はその国が世界の中心であるということを認めないのです」
「加護がある国こそが女神様の意志を継いでいるとみなされるとか、そう言うことですか?」
「その通りです」
古代中国では玉璽(印鑑)が正統な王朝の証となるっていうのをマンガで読んだことがあるけれど、そういうのに似ているんだろうか。
そのときは別に神様とかそういうのではなかった気がするけどね。
「前の覇権国ステラ王国には女神様の加護があったけれど、今の国はどこも持っていないから争いに決着が付かず、戦乱の世が続いているという訳ですね」
僕がそう言うとソラナは目を見開いて驚いた。
碧い色の瞳がよく見えてきれいだ。
部屋には小さな灯りがあるだけだったけど輝いて見える。
「ケイダさんのおっしゃる通りです。これだけの話からそのように推察されるとは⋯⋯さすがです」
ソラナは両手を胸の前で合わせて僕を称賛してくれた。
嬉しくもあるけれど、ある意味当たり前の結論のように思ったのでちょっとむず痒かった。
「そ、それで結局女神様の加護というのはなんなんでしょうか。ただ加護を得たと名乗り出ても意味はないでしょうからそれを示す証みたいなものがあるんですか?」
「そうです。女神様の加護の有無は『星の雫』という特殊な物質に対して魔力を込めると分かります。この物質は女神の使徒の魔力に反応して発光するので、それを見せることができれば正統な継承者だと認められることになるでしょう」
話しながら段々とソラナの声のトーンが低くなっていく。
顔も張り詰めていて緊張感が出てきているようだ。
「ステラ王国の始祖はその昔に『女神の楽園』に存在する祠の中で女神様に出会い、加護を授けられたと言われています。そして、その加護は代々受け継がれてきました。加護の継承者は必ず一人です。始祖の血を色濃く受け継いだ者に印が現れて、次の女神の名代として崇められることになります」
僕は話を続けるソラナの顔に釘付けになっていた。
彼女の白い肌はさらに白くなり、暗がりの中でまるで発光しているかのようだ。
なんならちょっと透き通っているようにすら見えるんだけど。
「ステラ王国が滅びた今、この世界に女神の加護を継承した者はいないことになっています。そのため、長年スパーダ王国とロゼンジ帝国は『女神の楽園』の攻略を目指して兵を送っているようですが、魔物が強すぎて中心部に足を踏み入れることすらできていないみたいですね」
ソラナの話を聞いて僕は恐ろしくなってきた。
もしかして僕が世界中から狙われるってことがあるんだろうか。
そうなったらメスゼミに襲われたときとは比にならないほど追われることになると思うんだけど⋯⋯。
「⋯⋯もし女神の加護を授かった者がいると分かれば両国はどうすると思いますか?」
「なんとしてでも手に入れようとするでしょうね。その者を手にした国こそがこの世界を牛耳るのですから」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
やっぱり僕が女神の使徒だってバレたらやばいことになっちゃうじゃん!
せっかく異世界を謳歌しようとしているのにそんな風になったら楽しめなくなっちゃう。
これはセミとしてひっそり過ごした方が充実したスローライフを送れるんじゃないだろうか。
⋯⋯っていうかそもそもなんでこんな話になったんだっけ?
いつのまにか俯いていた顔を上げてソラナを見ると、彼女は僕の目を見て頷いた。
そして着ていたカーディガンセーターの留め具に手をかけて、上から一つずつ外し始めた。
話しているうちに暑くなったのかな? と思って様子を見ていると僕はおかしなことに気がついた。
カーディガンの下に見えているのがソラナの真っ白な肌なのだ。
もしかしてカーディガン以外に何も着ていなかった?
というか何でそれを外しちゃっているの?
僕は思わず目を逸らしてしまったけど、留め具を外し終わったソラナがすぐに耳元で甘く囁いた。
「ケイダさん、見てください⋯⋯」
その声に僕の頭は痺れ、真っ白になってしまった。
本当に見てしまって良いのだろうか。
見てはいけないもののような気がするけれど⋯⋯。
でもやっぱり見たい!!!
僕は意を決してソラナの胸元に目を向けた。
すると控えめに膨らんだ胸の間に星型の印が存在していた。
「私の本当の名前はソラナ・アイテラス・ステラー。かつて栄華を極め、そして滅んでしまったステラ王家の血を受け継ぐ者です」
ソラナのその言葉に強い衝撃を受けながらも、僕はカーディガンの生地に覆われてギリギリ見えないソラナの蕾を上手く見られる角度がないか必死で考えていた。
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