第55話:アービラに帰還

 今回の騒動について僕たちは詳細を誰にも言わないことにした。

 ソラナは捕まったけれど人がいないことに気がついて逃げ、それを僕が森で発見したことになる。

 ロルスさんも森で迷っていた僕たちを探してくれたとかそういうことになるのだろう。


 話がまとまったので街の方へと帰ろうとしたとき、ロルスさんがソラナに向かって今回の事件の核心となる疑問をぶつけた。


「それで、何故マスクル・ヴォイドがあなたを攫ったのか教えていただけますか? ソラナ嬢、あなたには心当たりがあるんですよね?」


 ロルスさんは眉間に皺を寄せてソラナに顔を向けている。

 ソラナの方も顔を上げてまっすぐにロルスさんに目を向けた。


 そしてしばらく沈黙が続いた後で、ソラナは大きく息を吸った。

 今回の騒動について知っていることを話す決心がついたのだろう。


「実は——」

「やっぱり聞くのはやめておきます」


 ソラナは意を決して話そうとしたけれど、ロルスさんは手を前に出してそれを制した。


「すいません。その話を聞いたら、あなたたちとここで戦い始めなくてはならない気がするのでやめましょう⋯⋯。俺は戦いたくはないんです⋯⋯」


 そう言って彼は先に街の方へ歩き出した。

 僕はそんなロルスさんの背中を見ながらアービラまで静かに歩き続けた。


 ロルスさんの真意は分からなかったけれど、本当にそうなってしまうんじゃないかと言うくらいその言葉には迫力があった。





 アービラの街に着くまで、ソラナは僕と腕を組んでいた。

 ロルスさんはピリピリしているし、あんな騒動があった後だから不謹慎だとは思うんだけれど、僕は少し幸せを感じてしまっている。


 そんな自分に罪悪感を持たない訳ではない。

 でもやっとのことで見つけたソラナが健気な様子で僕に組みついてくるのがとってもかわいいのだ。




 そんな感じで一人能天気な気持ちになりながらアービラに着くと夜も遅いというのに多くの人がいた。


「ソラナちゃん⋯⋯」


 真っ先に前に出てきたのは頼りになるおじさんこと雑貨屋の店主だった。

 隣には同じくらいの歳の女性もいる。夫婦だろうか。


「おじさま、おばさま⋯⋯」


 ソラナは僕の腕を抱きながら、か細い声を出した。

 そして目に涙を浮かべながら二人の元に歩いて行った。


 僕はその様子を離れたところで見ながら、なんとなく「よかったぁ⋯⋯」と呟いた。


 遠くの方ではロルスさんが警備隊の人たちと話をしている。

 ロルスさんほどの人が任せろと言ってくれたのだからきっとなんとかなるだろう。


 そういえば天幕辺りの痕跡を魔法で消すみたいなことを言っていたけれど、あれはどうなったのだろうか。

 僕がソラナの柔らかさにうつつを抜かしている間に対処してくれちゃっていたりして⋯⋯?


 そんなことを考えているといつのまにか僕の周りに人が集まってきた。

 それは僕の呼びかけに応えてソラナを探したり、話を聞いたりしてくれた街の人たちだった。


「おい、兄ちゃん! 良かったなぁ⋯⋯。恋人は無事みたいじゃねぇか!」

「ケイダさんと言ったかしら。ソラナちゃんは昔馴染みの孫でねぇ⋯⋯。あの子に何かあったら私はお天道様の下に顔を出せなくなるとこだったわ」

「若いって良いわよねぇ。あたしが失踪してもあんなに情熱的に探してくれる人なんて、いやしないね。怪我もなさそうだから言えることだけれどサ」


 みんな僕の肩や背中を軽く叩きながら好き好きに話している。

 一度に言われてうまく聞き取れないんだけれど、みんな朗らかに笑っている。


 ちょっとだけからかいの色が入っているのかニヤニヤした人が多い。

 つられて僕も自然に笑顔になる。

 そこのお兄さん! やっぱり僕たちって恋人に見えます?


 近くにいた人に一人ずつ助けてくれたお礼を言っていると、ずっとソラナと話していたおじさんとおばさんが僕の方に歩いてきた。

 おじさん⋯⋯。あなたのおかげで僕はなんとかやれましたよ。


「ケイダさん⋯⋯。ご苦労様だったね」


「いえ、こちらこそです。助けていただいてありがとうございました」


「俺らは良いんだよ。ソラナちゃんのことは娘のように可愛がっていたからな。本当に見つかって良かったよ。あんたがああやって騒ぎ立ててくれなかったら今頃どうなっていたのか分からねぇ⋯⋯。俺らだってあんたに感謝しているんだ」


「最初に頼ったのがおじさんで良かったです。僕も気が動転していたのでどうしたら良いのか分からず⋯⋯」


「俺のところに飛び込んできた時は頼りねぇ奴だと思っていたが、想像以上に骨のある奴だったよ。坊主だなんて呼んで悪かったな。お前は男だよ」


 おじさんはそう言って僕と肩を組んだ。

 よく見ると少し涙ぐんでいるように思う。


「ターラー村がなくなったっていまソラナちゃんに聞きました。あの子のご両親もソアラちゃんも病気で亡くなったって聞いて私もこの人も驚いちゃって⋯⋯」


 おじさんの奥さんだと思われる人が話してくれる。

 ターラー村がソラナのいた村で、ソアラちゃんって言うのは妹の名前だろうか。

 たしか妹がいるって話だったと思う。


「この街に来たら良いのにって伝えたんだけど、親族の伝手を辿るって言うから⋯⋯。でも、ケイダさんみたいな方がそばにいらっしゃるなら安心ね。こういうことがあったからこそ、次はしっかりソラナちゃんを守ってくれるのよね?」


 おじさんとおばさんは覚悟を問うように僕を厳しい目で睨んだ。

 この話の流れでなんでそんな目で見られなきゃいけないんだろう。

 だけど、なんだか同じくらいの熱量で返さない気がしたので、僕は思いのままに喋ることにした。


「はい、守ります⋯⋯。ソラナがもう傷つかないように僕がしっかり守ります!」


 僕が声を出した瞬間に辺りがシーンとなり、何故か声が綺麗に響いた。

 アニメだったらエコーがかかって『守ります 守ります 守ります』と反響しただろう。


 空気読めないことを言ってしまったんじゃないかと思って怖気を感じていると、おじさんは僕の手を取り、まっすぐに目を見て口を開いた。

 おじさんの目の端には少しだけ涙が滲んでいた。


「ケイダくん。ソラナのことは君に任せたよ」


 何故かおじさんがそんなことを行った瞬間、突然『ヒューヒュー』という声が聞こえ、僕はまた周りの人たちに肩や背中を叩かれ始めた。


「やったな、おい!」

「こいつ言いやがった!」

「良いわねー」


 何事か分からずにソラナの方を見てみると、彼女は顔を手でおおいながらうずくまっていた。

 あたりはすっかり暗くなっている訳だけれど、彼女の顔が耳まで真っ赤になっているのが僕にはよくわかった。

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