第54話:後始末について

 ソラナを襲った集団の中で一番偉そうだった男は帝国の第四騎士団団長マスクル・ヴォイドという有名人だったとロルスさんが教えてくれた。

 隣国の騎士団の奴がなんでこんなところにいてソラナを襲ったのか分からなかったけれど、何かとんでもないことが起きていることだけはセミの僕にも理解することができた。


「ロルスさん。なんでこんなところに隣国の第四騎士団のしかも団長なんかがいるんでしょうか?」


「⋯⋯俺にも分かりません」


 そう言ったあとロルスさんはソラナを見た。

 さっきからソラナは黙ったままだ。

 多分彼女は何か知っているんだと思うけれど、それよりも僕は気になっていることがある。


「そんな人を倒してしまったのって、もしかしなくてもまずいですよね⋯⋯?」


「もちろんです」


 ロルスさんに断言されて僕は血の気がひきそうになった。

 帝国に騎士団がいくつあるのか知らないけれど、団長というからには最高戦力の一人ということで間違いないだろう。

 勢いに任せて攻撃しちゃったけど、やばいに決まってるよねぇ?


「ですがマスクル・ヴォイドがこの国にいるということ自体が大きな問題です。そのことが露呈しただけで戦争が始まってもおかしくないのですが、そんな彼を倒してしまったとは⋯⋯」


 やっぱり僕のせいで変な状況になっているようだ。

 でもそうなってしまうと僕の身も危ないような⋯⋯。

 僕の懸念を察したのかロルスさんはこちらに近づき、心配そうに聞いてくれた。


「ケイダさんはどうしたいですか? マスクルを倒したとこの国に訴えれば名を挙げられます。ですが、もしそういう待遇を望まないのであれば手がないわけではありません」


「望みません。そうやって祭り上げられた人はロクなことにならないって相場が決まっているんですよ!」


 自分でもびっくりするくらいに僕は即刻答えた。

 だけどこれは本心だったと思う。

 あまりにも有名になってしまうと調べ尽くされてセミだとバレた挙句に討伐されてしまう恐れもある。

 今はひっそりとしているのが良いと思うし、性にも合っている。

 それになにより⋯⋯。


 僕はさっきから一言も言葉を発しないソラナの方を見た。

 正直に言えばここで名乗り出てチヤホヤされる未来っていうのも見てみたいとは思う。

 ロルスさんが言うほどのことにならないかもしれないけれど、きっとこのマスクル何某は結構な有名人なのだろうからちょっとばかりは良い思うができるんだろう。


 でもそんなことより僕はソラナと一緒にいたいと思っているんだ。

 聞いた訳ではないけれど、僕が目立つ道に進んでしまえば彼女はそっと離れていくと思う。

 なんだかそんな気がするのだ。


「そうですか。あなたならそうやって言うんじゃないかと思っていましたが⋯⋯本当に良いんですか?」


「はい。それにそんなことをしてしまえば色んな人から狙われるようになりますよね? 僕はしばらくはゆっくり過ごしたいと思っていますので」


「そうですね⋯⋯。しばらくですか。ふふっ、分かりました」


 ロルスさんは僕を見ながら突然笑い出した。

 よく分からなかったけれど僕もつられて笑顔になった。





「それで、僕が倒したことを隠すためにはどうしたら良いんですか?」


 二人でひとしきり笑った後、僕はロルスさんに尋ねた。

 彼は笑みを浮かべたままでこう答えた。


「簡単なことですよ。失踪していた女性を探していたら死体を見つけたと言えば良いんです。事情聴取は受けると思いますが、その後ですぐにアービラの街を発ってください」


「つまり、何にも知らなかった作戦ということですね」


「えぇ、そうです。ソラナ嬢も攫われて気づいたら周りに人がいなかったのでなんとか抜け出したらケイダさんが見つけてくれたと言ってください。この辺の地面は俺が魔法で荒らしておくので撹乱できると思います」


 ロルスさんに言われてソラナは深く頷いた。

 黙ってはいるけれどさっきから話はちゃんと聞いている様子だ。


 この作戦だけど、ロルスさんは最初っからこうするつもりだったのかもしれない。

 冷静に考えると僕みたいな男が突然出てきて『大物を殺しました』って言っても信じてもらえない気がするし、僕が名乗り出ようとするとロルスさんも必然的に引っ張り出されることになる。


 自分で倒しておいて言うのも変だけれど、なんか大きなことに巻き込まれそうで怖いし、上手く誤魔化して早くこの国から出てしまいたい。

 なので僕はロルスさんの方針に完全賛成だ。


「その作戦で行きましょう!」


「分かりました。ですが、この作戦には一つ穴があるんですよ」


「穴ですか?」


 なんだろうか。僕には完璧な作戦に思えるけれど⋯⋯。

 ロルスさんの顔がこれまでで一番真剣なので僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「それは俺がいま話した通りに動かない可能性があると言うことです。ケイダさんやソラナさんのことをこの国の人に俺が報告すれば、作戦は台無しになってしまいますよ?」


「なぁんだそんなことですか」


 神妙な顔で言うのでどんな問題があるのかと思えば、それは問題と表現する必要もないほどのことだった。

 でもロルスさんは「そ、そんなこと?」と言いながら目を点みたいにさせている。


「もう⋯⋯いまさら僕を試そうとしないでくださいよ。ロルスさんが動いてくれなかったら、そもそもソラナさんを見つけることは出来なかったんですから僕たちを罠にはめようとする訳ないじゃないですかぁ」


 僕は優しくロルスさんの肩を叩いてみた。

 いまのってなんか友達みたいじゃなかった!?


 だけど僕のテンションに反してロルスさんは俯いたまま黙ってしまった。

 あれ、僕なんか空気読めないことしちゃったかな。

 距離の詰め方おかしかったでしょうか⋯⋯。


「ソラナさんもそう思いますよね?」


 いたたまれなくなってソラナに聞いてみると彼女は久しぶりに声を出して「はい⋯⋯」と言ってくれた。


「そんな訳ですので、ロルスさんお願いしますね」


 改めて頭を下げるとロルスさんは顔を上げて、また笑みを浮かべ始めた。


「ケイダさんにはかないませんね。⋯⋯分かりました。じゃあ、街に戻りましょうか。警備隊には俺が上手く説明しますし、お二人は無事を知らせたら宿に帰っていただいて構いませんから」


「分かりました。あれだけ騒いだので話をすることにはなりますよね?」


「えぇ、そうですね。でも明日軽く話を聞かれるだけだと思いますよ。まさか帝国騎士団長が少女を攫ったとは思わないので、それが判明するまでにはかなり時間がかかるはずです」


 そんな風に帰ってからの話をしながら僕は街の方に向かって歩き出そうとした。

 だけどその時、ロルスさんは張り詰めた様子で口を開いた。

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