第51話:死刑

 怪しい商人が街から出たという話を聞いて、森を捜索していると僕は天幕を見つけた。

 セミになって天幕の中に侵入した僕は中にいた軍人らしき二人の男の話を聞き、ソラナが森の中に逃げ込んだことを知った。


「ソラナがこの森にいる⋯⋯!」


 セミの僕は必死で羽ばたきながら元いた丘に戻ろうとしていた。

 あの男達の様子だと闇雲に探すよりも高い場所から見た方が効率が良さそうだった。


 これは賭けだ。

 もし近くにいるんだとしたら丘に戻る時間がロスになり、致命的になってしまうかもしれない。

 心の中は焦燥感でいっぱいだったけれど僕はソラナが見つかる可能性が高い方を選んだ。


『焦っている時ほど遠回りをしてみるんだ。確実な道を選んだ方が結果的に良い方に転がることが多い』


 そんなことを僕に教えてくれたのは誰だっただろうか⋯⋯。

 いつまで経っても病気が良くならない僕にそう教えてくれてすごく心強かったのを覚えている。

 記憶は薄れてしまいもう思い出すことはできない。

 けれど推測することはできる。


 この言葉を胸に僕は確実に治る道を目指して、辛い入院生活を耐えたんだった気がする。

 最終的には治らなかったみたいだけどね。

 でも、こういう時こそ確実な道を⋯⋯だよね? 父さん。




 丘に着くと僕は即座に人化して銃のスコープを覗いた。

 さっきは馬車や人の集団を探していたけれど、今度は逃げているソラナや追っている男達を探さなければならない。

 角度によっては見づらいと思われるので、目を皿にして捜索する必要がある。


 僕はさっきよりも多くの魔力を目に集中させる。

 はっきりくっきりとはいかないけれど、さらに解像度高く森の様子を見ることができるようになった。


「⋯⋯いた!」


 ソラナは街の方に向かって逃げていると思ったので、手前側を見ていると必死で走る少女がいた。ソラナで間違いなさそうだ。


 ソラナは髪を振り乱しながら足場の悪い森を全力で駆けている。

 衣服は乱れ、ところどころ破れていそうだ。


 その様子を見て、僕はお腹の辺りにドロッとした黒い感情が芽生えるのを感じた。

 はらわたが煮えくり返るというのはこういうことを言うのだろう。


「追われている⋯⋯」


 ソラナが走り抜ける後ろの方を見ると、二人の男が彼女を追っているのが見える。

 奴らは武器を持っていて、近づいたら攻撃を繰り出しそうだ。


 あいつらがソラナをあんなに苦しめているんだな⋯⋯。

 お腹の熱さに反して、心の方はすーっと冷たくなっていく。


 ソラナの顔は必死だけれど、男達の方は余裕綽々だ。

 体力的にも経験的にも余裕があるのだろう。

 二人とも少しだけ口元に笑みを浮かべている。

 それに気がついたとき、僕の頭の中で何かが『ブチッ』と切れた。


「死刑だ⋯⋯」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 僕は銃身に触れ、これまで込めたことのないほど大量の魔力を注いだ。

 銃の重みが増し、セミ弾が出現したのが分かる。


 男共に狙いを定める。

 二人は横に並んでいるけれど、片方の男が少しだけ前に出ているのでそちらを狙うことにする。

 相手は動いているので少し先に照準を合わせなければならい。


 確実を期して狙いを定めていると前で走っていたソラナが転んでしまった。

 男は走りを止めて、ゆっくりとソラナの元に歩いている。


 チャンスだ。

 僕は再度狙いを定めて引き金に指をかけた。

 そして男が武器の握りを強くした瞬間に引き金を引いた。


「ソラナァァ!!!!!!」


 叫び声と共に『バァンッ!』と爆発音が鳴り、僕は弾として発射された。

 最高速で発射された僕はお尻から魔力をありったけ吐き出し、さらに加速する。


 狙い過たず僕は男の胸に突撃し、心臓を通って背中側に抜けた。

 確実に命を奪ったという感触が体に突き抜ける。

 そしてすぐに僕は意識の主導を人に戻した。


 セミ弾が消えたので、人の僕は再び銃身に魔力を込めて弾を装填した。

 もう一人の男は崩れ落ちる同僚を見て足を止めている。


「外すはずがない」


 そう思った僕は再び男の胸に弾を放ち、心臓を貫いた。




 目の前で二人の男が倒れ込んだのに気がついてソラナは辺りをキョロキョロしている。

 一瞬スコープ越しに目が合ったように思ったけれど、さすがに気のせいだと思う。


 僕は今すぐソラナの元に走って行こうとしたけれど、スコープ越しに見えるソラナは突然ビクッとしてある方向を見始めた。

 それは天幕が設置されていた方角だ。


 すぐに天幕の辺りを見ると、団長と呼ばれていた髭面の男が外に出て、僕の方を見ている。

 そして両手を頭の上に掲げて何かを生成しているようだ。


「もしかして見えているの⋯⋯? こんなに離れているのに?」


 あり得ないと思ったけれど、相手はこちらを見ているとしか思えなかった。

 頭の上で作っているのは石に見える。ゴツい胸当てもつけているみたいだ。

 よく分からないけれど、あれだけの石を生成するのにはかなり多くの魔力が必要なんじゃないだろうか。


 見た感じ届く訳がないと思うけれど、様子を見るに我を失っているようにも思う。

 部下が二人倒されたということもまだ分かっていないと思うけれど、何をそんなに焦っているのだろうか。


 何にせよあの男がいるうちはソラナを迎えにいくこともできないだろう。

 団長と呼ばれていたんだから偉いだろうし、あいつがそもそもの元凶なんじゃないだろうか。

 

 僕は再びセミ弾を装填し、敵の心臓に照準を合わせる。

 ふと思いつきで銃にさらに魔力を込めると、銃が薄く光り始めた。

 よく分からないけれどなんか格好良いので、僕はそのまま引き金に指をかける。


 だけど、僕の方に目を向けていた団長は突然焦り出し、丹精込めて育てていた岩を下ろし、魔力壁のようなものを目の前に張り出した。


「いいよ⋯⋯。勝負しよう」


 僕は何の脅威も感じていなかった。

 白ムクドリの電撃魔法、花モグラの破壊光線⋯⋯。

 それらに比べたらちっぽけな技だ。


 僕は期待感に震える指に力を込めて、引き金を引いた。

 

 バァンッ!


 銃から放たれたセミの僕は、魔力を頭に集めて魔力壁に体当たりした。

 いつのまにか硬化の力も部位ごとに集中できるようになっているようなので、全てを頭に集中している。


 ダン!!!


 僕は魔力壁や岩に当たったつもりだったけれど、気づけばそれらをすり抜けて目の前には団長の胸があった。

 あれ、感触なかったけど⋯⋯?


 疑問を感じているうちにも僕は団長の体を通り抜け、そのまま地面に突き刺さった。


 また命中した!

 そのことを実感すると同時に体に得も言われぬ快感が発生する。

 濃密な魔力がセミの体に流入して、丹田のあたりが強く脈動する。


「あぁ⋯⋯」


 人の意識に戻った僕はつい声を上げてしまった。

 ゲームで敵を狙撃できるのも快感だったけれど、それをはるかに超える高揚感がもたらされる。

 おまけに多分敵の魔力を奪っているので、同時にレベルアップしたような喜びが含まれている。




 それから僕は、天幕から出てきたもう一人の男、そして異常事態だと天幕に戻ってきた二人の男、全ての敵の心臓を撃ち抜き、ソラナの元に向かって行った。

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