第50話:天幕に侵入
行方不明となったソラナの捜索にロルスさんが協力してくれることになった。
僕は外に出て彼女を探し、ロルスさんは主に門の内側の捜査を指揮してくれる。
ロルスさんの要請によってかなり協力的になった警備隊の人たちの話によれば、やはり例の商人の集団の動きには不自然な点があるのだという。
というのも彼らが出て行った方角には山があるため、馬車持ちの集団がこの街を出るとしたら朝早くが多いそうだ。
夕方に出ても山の中途半端な場所で野営することになるため、改めて考えると不自然な時間の出発だったと言う。
同じ理由で、出発したとしてもそう遠くまで行っていないのではないと言うのが警備隊の見解だった。
「分かりました⋯⋯。それでは山の方面に関しては僕が捜索します。みなさんは近場で構いませんので街の外の捜索をお願いできるでしょうか。何らかの理由で街の外に彼女がいる可能性もありますので」
僕がそう言うと警備隊の人たちは「はい!」と僕の指示に従ってくれた。
ロルスさんの影響力すげぇ⋯⋯。
「あ、あとすみませんが、この辺に小高い場所ってないですかね? 大きな木とか
「小高い場所ですか? そうですねぇ⋯⋯城壁の櫓小屋か、それか少し行くと丘がありますのでそこなら見晴らしが良いかもしれないですけど、もう真っ暗ですよ?」
警備隊の中で一番偉い感じがする人がそう教えてくれた。
街から離れると確かに暗いけれど、多分何とかなるんじゃないかと思っている。
「ありがとうございます。僕はとりあえず丘に向かいますので、ロルスさんから聞かれたらそのように答えてください。何かあれば街にすぐ戻ってきます」
そう言うなり僕はこの街から飛び出した。
◆
全力の身体強化をして走っていた僕は、街の明かりが見えなくなってから人化を解除し、セミに戻った。
その瞬間、お腹の丹田の辺りがドクンと脈を打った。
それが何なのかは分からないんだけれど、こっちの方にソラナがいるという合図であるような気がして仕方がなかった。
「警備隊の人が言っていた丘はあれっぽいな」
僕はセミの姿のまま、丘に向かって一直線に向かって行った。
本当は狙撃の力を使って瞬間移動したかったけれど、大きな音が鳴るので今は控える必要があった。
できるだけ速く飛びながら僕は魔力を目に集中させた。
すると視界がクリアになり、かなり遠くまで見えるようになった。
僕は元々夜目が利いていたけれどこれによってかなり有利に捜索を進められるんじゃないかと思う。
色の判別はつきにくいけれど、多分狙撃も問題ないと思う。
「ソラナ⋯⋯無事でいてくれ」
僕は神様に祈るような気持ちになった。
何でこんなことになっているのか分からないけれど、とにかく彼女が無事であればそれで良い。
やっと丘に到着した僕はすぐさま人化してスナイパーライフルを具現化した。
そしてスコープを覗き、周囲を捜索する。
目を凝らして注意深く観察していると、僕がロルスさんと入った森の奥に天幕のようなものが張られている。
「あれが怪しいな⋯⋯」
よく見ると三つの大きな天幕に大きな馬車がある。
精強そうな馬も二匹いて、木に繋がれている。
あれが話に聞いていた商人達なのかもしれない。
警備隊の予想通り遠くには行っていなかったようだ。
だが、急ぎの用事で今日中に山に入らなければならなかった訳ではなかったとしたら、夕方に街を出たことの不自然さが強調される。
街にいたくない理由でもあったんじゃないかとどうしても思ってしまう。
色々想像はできるけれど、一人で考えていても仕方がない。
僕はすぐにセミの姿に戻り、天幕の調査をすることにした。
寝る時間にはまだ早いのに、外に出ている人間がいないのにも段々と違和感を抱いてきた。
やましいことがなければこんなに森の奥に天幕を作る必要もないし、中にこもっている必要もないんじゃないだろうか。
ダメだ⋯⋯。
焦りが募ってどうしても自分に都合の良い考えしか浮かんでこない。
でも、やっぱりおかしいと思ってしまうのはやめられない。
そんな風に考えているうちに僕は天幕にたどり着いた。
近くに馬がいるけれど、ただのセミに構うほど彼らも暇ではないだろう。
あくまで普通のセミですよーという雰囲気を出しながら僕は三つの中で一番立派に見えた天幕の側面に張り付いた。
そして何とか中の様子が分からないかとしばらく静かにしていたんだけれど、中の音が全く聞こえてこない。
物音一つないのだ。
中に人がいないのだろうか?
訝しく思って他の天幕にも張り付いてみたけれど、同じ状態だった。
天幕自体は閉まっているけれど、チャックのようなもので密閉されているわけではない。
明かりが漏れているから人がいるのは間違いないと思う。
どういうことだろうか。
もしかして防音の魔法みたいなものがあるんだろうか⋯⋯。
だとしたらやっぱり中に入るしかないだろう。
僕は天幕にあったわずかな隙間に体を滑り込ませた。
どこかに引っかかってしまうかなと思ったけれど、するりと中に入れてしまった。
セミの体って思ったより薄いんだね⋯⋯。
中に入るとこれまで聞こえてこなかった声が聞こえてきた。
「あの小娘が⋯⋯こっちが下手に出ているからといって⋯⋯」
中にいたのは大柄の男が二人だった。
一人は濃い髭が生えている男で、粗野っぽいけれど立ち振る舞いに品があるようにも見える。こっちのほうが偉そうだ。
もう一人も顔つきは似ているけれど、理性的な様子で片方の男を宥めている。
「最近第六騎士団の動きが見えないと思っていたが、まさかこの国で活動していたとはな⋯⋯。うまい情報を掴んだのは良いが逃してしまっては元も子もない」
「あの少女にまさか逃げ出す力があるとは思いませんでした。ですが捕まるのも時間の問題でしょう」
二人の男は眉間に皺を寄せながら話をしている。
偉そうな男の方はかなり苛立った様子だ。
こいつらが話しているのはソラナのことか?
だとしたらもしかして彼女はここから逃げ出した?
「くそったれだな⋯⋯」
「団長、気持ちはわかりますがお控えを。扱いが荒いと将来の争いの種になってしまいます」
「分かってるさ。戻ってきたらちゃんとする」
こいつらは何の話をしているんだろう。
疑問が湧いてくるけれど、決定的な会話はない。
話しているのがソラナのことだと断定して捜索を始めた方が良いだろうか⋯⋯。
そう思って天幕を出ようとしている時、団長と呼ばれた偉そうな男が言った。
「確か名前はソラナと言っていたな⋯⋯。国に戻ったらあれが『ソラナ姫』になるのか⋯⋯」
彼女の名前を聞いて僕は即座に天幕から出た。
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