第52話:無価値な僕を

 森でソラナを発見した僕は彼女を追っていた男や団長と呼ばれた男を狙撃し、全員を倒した。

 狙撃が成功した高揚感をしばし味わっていたけれど、ソラナを森で一人にしまっていることにすぐに気がつき、僕は銃を構えた。


 ソラナがいる地点から少し離れた場所を狙って僕はセミ弾を打ち込み、勢いがなくなるとセミの方を意識の主導に選んだ。

 人の方の体が消えたので、再度僕は人化して肉体を作り出す。


 すぐ近くにソラナがいる。

 やっとソラナに会うことができる!


 そんな風に喜びでいっぱいだったんだけれど、彼女との再会が近づくにつれて僕の心の中は不安でいっぱいになってしまった。

 守ると約束したのに彼女を危険な目に合わせてしまった。

 彼女を助けられたとはいえ、敵を六人も殺してしまった。


 ソラナに引かれていたらどうしよう。

 やっぱり怖い⋯⋯。


 ドギマギしていると僕の耳に小さな声が聞こえてきた。


「ケイダさん⋯⋯」


 ソラナの声だった。

 僕はさっきまで迷っていたことなど忘れて彼女の元に駆ける。

 ほんのちょっとだけ走ると地面に腰を下ろし、涙で顔がぐちゃぐちゃのソラナがいた。


「ケイダさん⋯⋯!」

「ソラナ!」


 僕が近づくとソラナは僕に抱きつき、胸に飛び込んできた。

 ボフンと柔らかい衝撃が発生する。


「怖かった⋯⋯。怖かったです、ケイダさん⋯⋯」


 ソラナは僕の胸に顔を擦り付けながら泣いている。

 その様子を見て僕は胸が強く締め付けられるのを感じた。


「えぐっ⋯⋯えぐっ⋯⋯。もうだめかと⋯⋯だめかと思いました⋯⋯」


 泣き続けるソラナに対して僕はどんな言葉をかけてあげたらいいのか分からなかった。

 でも気がつくと自然に手が伸びて、ソラナの頭を撫でていた。


 そして僕に撫でられてソラナが少しだけ落ち着いたのを見ると言葉が自然に出てきた。


「も、も、もう大丈夫です。ぼ、僕がいますから⋯⋯」


 ごめんなさい。

 自然って言ったけれど声はめっちゃ震えていました。

 だってこんなセリフを口に出したことなんでないし⋯⋯。


 だけど僕のそんな情けない声を聞いたソラナは僕の胸の中でしっかり頷いた。

 ソラナは泣き腫らした顔を上げて、僕と同じように震える声で言った。


「ケイダさん⋯⋯助けてくれてありがとうございます。あなたがいてくれて本当によかった⋯⋯。ケイダさんがいてくれて本当によかった!」


 ソラナの顔はくしゃくしゃで、今まで見た中で一番ひどい顔だったと思う。

 だけどそんな無防備な姿を見て僕は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


 それに彼女は『僕がいてくれてよかった』って言った?

 こんな僕がいてよかった?


 家族にずっと迷惑をかけるだけだった穀潰しの僕が?

 ただのセミでしかない僕が?

 無価値で情けないこんな僕が⋯⋯?


 ソラナの言葉が理解できなくて僕は頭が真っ白になった。

 彼女が大事なことを言ってくれたような気がするんだけれど、それが頭にうまく入っていかなかった。


 呆然としていたであろう僕を見て、ソラナは背伸びして僕に顔を近づけた。


「ケイダさん⋯⋯私はあなたに救われました。あなたは私の英雄なんです! 笑ってください⋯⋯誇ってください!」


 そして今度は笑顔を浮かべて、そのぷっくりした唇を僕の頬に押し当てた。

 めくるめく情報の嵐に飲まれて僕は訳が分からなくなり、気がつくと目から涙が溢れてしまった。


 結局のところ僕はソラナに心底惚れてしまったのだ。

 初めて僕の存在を必要としてくれた彼女を守ろうと改めて神様に誓ってしまうほど、僕はソラナのことを好きになってしまったのだった。





 僕たちは無言で抱き合っていた。

 まるで世界に二人しかいないみたいで、静かな森が僕らを祝福してくれているかのように幸せな気持ちに包まれていた。


 だけどそんなとき、突然『ザザッ』と音がした。

 僕は反射的にソラナを音とは反対の方向にかばい、音の方向に目を向けた。


「ゴ、ゴホン⋯⋯。ケイダさん、ソラナ嬢は見つかったようですね」


 出てきたのはロルスさんだった。

 彼はとても気まずい様子でこちらを見ている。


 あぁ⋯⋯見られてしまった。

 僕はちょっと前までの自分の思考を後悔した。本当に世界に二人という訳はないのにちょっと入り込みすぎた。


 瞬間的に顔が熱くなったのに気がついた。

 ほんの出来心で抱き合っちゃっただけなんです。

 つい嬉しかっただけなんです。


 ものすごい恥ずかしいんだけれど、人前でイチャイチャする人ってどんな神経でやってるの?


 ソラナに目を向けると彼女も顔を真っ赤にして俯いている。

 我に返ってしまったんだね⋯⋯分かるよ。

 多分僕もおんなじような顔をしていると思うから。


 ロルスさんは僕らの様子から敵がいないと見て、手から光る球のようなものを出した。

 光属性の魔法だろうか。

 見えづらかった彼の顔がはっきりと見えるようになる。


「濁流のような魔力の波動を感じたのでやってきたのですが⋯⋯。これはケイダさんの魔法ですか?」


 ロルスさんはバツの悪そうな表情を改め、真剣な表情になった。

 そこに死体が転がっていることに気がついたのだろう。


「はい⋯⋯。僕がやりました」


 僕に心臓を撃ち抜かれた亡骸が二つ横たわっている。

 心臓の辺りに穴が空いていて赤くなっているんだけれど、血はほとんど出ていない。

 血が吹き出してもおかしくないはずなのにそうなっていないのはなぜだろう。

 もしかして僕って無意識のうちに血を吸収しているとかそういうことじゃないよね。

 違うと思うけれど⋯⋯。


「俺はあの丘の辺りでケイダさんの魔力を感じた気がしたのですが勘違いでしたかね。まさかあんなところからここまで攻撃できるわけないですもんね。あはは⋯⋯」


 ロルスさんは笑い声をあげているけれど顔は真剣なままだ。目は笑っていない。


 どうしたものだろう。

 能力は隠したほうが良いんだろうけれど、もうバレているような気がする。

 ここまで来たらロルスさんには言ってしまおうかな。


「あの丘からこの人たちに攻撃しました⋯⋯。ソラナを襲おうとしていたので、つい力が入りましたけれど、ロルスさんの推測通り僕は遠距離攻撃が得意なんです」


 そう言ってみるとロルスさんはたちまち悲しそうな顔になった。

 そしてすぐに目を潤ませながら僕の顔を覗き込んだ。


「冗談ではないですよね?」


「⋯⋯これまでで一番真剣ですね」


 ロルスさんは『はぁ〜』と大きなため息をついて肩を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る