第46話:友達とは

 ロルスさんと出かけた僕は魔物のいない森を歩きながら、魔力操作の練習の成果をお披露目した。

 冒険者登録の時に僕の魔力が〜と言ってくれていたのでロルスさんの感知能力が高いのではないかと思っていたのだ。


 僕はロルスさんが喜んでくれると思ってやったんだけれど、それを見た彼は絶句し、難しい顔で立っていた。


「⋯⋯なんか変でしたかね?」


 僕がおっかなびっくりで聞いてみるとロルスさんはハッとした顔で僕の方を見た。


「いえ⋯⋯変なことは一つもありませんが⋯⋯。どうしたらこんなことができるようになるんでしょうか? 幼い頃ってどれくらいですか? どんな訓練をしてきたんですか?」


 ロルスさんはずいと前に出て顔を僕に近づけた。

 近い近い!

 でも、なんかちょっと良い匂いがするような⋯⋯って変なことを考えてしまった。 


 僕は少し背の高いロルスさんの肩に両手をかけて優しく押した。

 するとロルスさんはすぐに自分が迫るような形になっていたことに気がついて引いてくれた。


「すいません。つい取り乱しました」


「いえ、良いんですがそんなに珍しいことでしたか?」


「珍しいなんてもんじゃありませんよ! そんなことができる人を俺は知りません。S級の魔導士だってできやしないでしょうね」


 それからもロルスさんが褒め称えてくれるので僕はいい気になって、これまでどんな訓練をしてきたのかを話した。

 特に僕が幼児(ということになっている)の頃から気絶するほど魔力を使い果たしていたことを知ったロルスさんは顔を青ざめさせた。


「そんな訓練を続けてよくご無事でしたね。確かに魔力を使い切ると魔物を倒さなくても僅かに魔力濃度が上昇することが知られていますが、それを幼い頃から繰り返す人がいるなんて⋯⋯」


 人じゃなくてセミなんです⋯⋯とは言えず僕はロルスさんの話を聞いていた。


「それに、さっき俺のことを押した時の力も尋常ではありませんでした。身のこなしを見るに武術は修めていないようですが身体強化の練度も高いんですね」


 そう言われて僕は面食らってしまった。

 確かにセミの時には体を魔力で強化しまくっていたけれど、人の姿の時にもその力が適用されているようだった。

 これまではあんまり力が強くなったと感じていなかったけれど、さっきはロルスさんの圧が強かったのでつい魔力を巡らせてしまったのかもしれない。


 僕は「武術の練習をする暇がなくて⋯⋯」と適当なことを言って愛想笑いを浮かべた。

 ロルスさんには誠実に対応しようと思っていたのに結局嘘ばかり言っていることに気がついて僕は自己嫌悪に陥った。

 セミであることを言えない時点で詰んでるんだけどね。





 それからロルスさんの案内に従って僕たちは森の奥へ進んで行った。

 ロルスさんは僕にやり方を聞いた方法で魔力操作の練習をしながら僕に探索の基本を教えてくれている。


 ここに来る前は何をするんだろうと思っていたけれど、様子を見ているとロルスさんは僕と話をしてみたかっただけのように思う。

 あと一応自分が推薦者ということでそれなりに責任を取ろうとしてくれているのかもしれない。めっちゃいい人だ。


 探索は順調に進み、目当ての薬草を採取した後で僕たちはアービラの街に戻ってきた。


「ロルスさん、今日はありがとうございました」


 何にも知らない僕に対してロルスさんはあくまで丁寧に基礎を教えてくれた。

 感謝の気持ちでいっぱいだったので僕はできるだけ深く頭を下げる。


「ケイダさん、頭をあげてください。今日は俺の方も勉強になりましたから」


 慌てて頭を下げ返すロルスさんを見て、僕は日本のサラリーマンみたいなやり取りだなと思って笑ってしまった。

 そんな経験はできなかったので、嬉しかったのだ。


 僕が笑顔になったのを見てロルスさんも屈託なく笑った。

 この笑顔に何人の女性が殺されてきたのかと思うとちょっぴり嫉妬の気持ちが湧いてきたけれど、ロルスさんは何にも悪くないので気持ちはすぐにおさまった。


「確かケイダさんたちはすぐにこの街を発つんですよね? 俺はもうすこしこの街にいますが、またどこかで会いたいものですね」


「えぇ、そうですね。僕たちもまたこの街に来ることがあるかもしれませんし、ロルスさんの本拠地はハルト王国ですよね? もしハルト王国に行った時にはギルドを訪ねてみますね」


 僕が名残惜しそうにロルスさんを見ていると彼は手を差し出した。


「ケイダさん、いずれ会いましょう。その時もぜひ仲良くしてくださいね!」


 ロルスさんの手を握ると彼は整った顔をくしゃっと歪ませて僕の手を力強く握り返してくれた。


 そして僕は彼が自分の宿に帰っていくのを後ろからずっと眺めていた。

 この世界に来てから初めてできた同性の知り合いとの別れに僕は涙を溢れさせそうになっていた。


 僕は友達みたいな気分になっていたけれど、ロルスさんもそう思ってくれていたら良いな、なんて考えていた。





 とぼとぼ歩きながら宿に帰ると、ソラナはまだ帰って来ていないようだった。

 思ったより早く済んだからなぁと思って待っていたけれど、一向に彼女が帰ってくる様子がなかった。


 日が暮れ始めた頃、僕は宿の受付のおばさんにソラナの話を聞いた。

 そしたら彼女は、朝出かけたっきりソラナは宿に戻ってきていないと言った。


 僕がロルスさんと会えなかった時のことを考えて、ソラナはお昼に一度宿に戻ってくるはずだった。

 それなのに帰ってきていない?


 急にざわついた胸を押さえながら僕は宿を飛び出した。

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