第44話:元気なソラナ
A級冒険者のロルスさんの推薦を受けた僕はD級冒険者になった。
まだ登録しただけだけれど、これでお金を稼ぐ準備ができたのだ。
記憶が曖昧だけれど、僕は多分お金を稼いだことがない。
大人になる前に病気になってしまってからはずっと病院にいたからそういう生産的なことをすることができなかった。
冒険者ギルドから宿までの道を歩きながら考えていたんだけれど、僕ってどんな病気だったんだっけ?
毎日体がだるくて、ちょっと動くだけでもすぐに疲れちゃったとかそういうことは覚えているんだけれど、肝心の病名とかそういうことが思い出せない。
自分の名前をはじめとして、家族のことも思い出せないし、覚えていることとそうでないことの差が激しい気がする。
覚えているのは余計なことというか、アニメやゲームにマンガとかのことだ。
それ自体が生産的なものではなかったんだけれど、僕の薄い人生の中でほんの少しだけ楽しかったこと⋯⋯。だから記憶が残っているのかもしれない。
前世の自分のことは好きじゃなかったし、迷惑をかけまくった家族のことを思い出すととても切ない気持ちになる。
都合の良いことに、転生したときにそういう部分を僕は置いてきてしまったのかもしれない。
地中で長いこと生活したせいもあると思うけれど、きっと僕の気分も反映されているんじゃないかと思う。
街の雰囲気を楽しみながら宿に帰ると、食堂にはソラナがいた。
多分こういう街の宿は食堂がラウンジみたいになっているんだと思う。
ソラナは何かの植物を刃物で切って紐で縛っている。
あれは何に使うのかな。
「ソラナさん、帰ってきました。よく休めましたか?」
「あ、ケイダさん! お帰りなさい! ご覧の通り元気いっぱいです」
ソラナは目一杯の笑顔を浮かべながら力こぶを作るような動きをした。
笑って目が細くなっているのを見るとなんか胸が苦しい⋯⋯。
なんでこんなにかわいいんだろう。
あとお帰りって言ってくれるのも嬉しくて涙がこぼれそうになる。
「た、ただいま帰りました。よく休めたようでよかったです。それは何をしているんですか?」
「これは薬草を乾燥させて保存が効くようにしているんですよ。本当は専門の人が加工したものの方が効果が高いんですが、値も張りますので」
ソラナは庶民的なところがあって、結構こういうことを言う。
良い子だなーって思うけれど、早くお金を稼いで楽させてあげたいよね。
「冒険者ギルドの方はどうでしたか? 思ったよりも帰りが遅かったようですけれど問題なかったですか?」
「はい。無事登録することができました。その場にロルス・ローランドさんっていうA級冒険者の方がいて、初対面だったんだけれど僕を推薦してくれると言ってくれたんですよ。なのでD級冒険者から始められることになったんです。ソラナさんに相談もせずに決めてしまいましたが大丈夫でしたかね⋯⋯?」
ソラナの顔を見て、勝手に話進めてよかったんだっけと不安になった僕はおそるおそる聞いてみた。
するとソラナは薬草とナイフを机の上に置き、手を胸の前で合わせた。
「えー! すごいですね。登録時に推薦制度があると聞いたことはありますがそれを使った人の話を耳にするのは初めてです。その方もケイダさんの隠れた実力が分かったんですね!」
嬉しそうな様子でソラナは受け入れてくれた。
それを見て僕の心配は一瞬で吹き飛んでしまった。
「僕の魔力密度や操作感を褒めてくれたんです。少し年上だったみたいですけれど、若くしてA級に上り詰めた方ということでギルドの受付の方も目をかけるような方だったみたいで⋯⋯運がよかったみたいです」
「よかったです。やはり私の目に狂いはなかったようですね⋯⋯」
今度は腕を組んで自慢げな様子になった。
表情はコロコロ変わって楽しそうな様子に僕は胸を撫で下ろした。
こんなに元気な様子は見たことがなかったので、やっぱりゆっくり休んだのがよかったみたいだ。
「それで、そのロルスさんからもしよかったら一緒に森を探索しないかって言われているんですけれど、問題ないですか? いつでも訪ねてきて良いと言われているんですが⋯⋯」
「もちろん問題ないですよ。ぴっちり決まった予定がある訳ではないですし、私はゆっくり旅の準備を整えます。冒険者のお知り合いを作っていくのも今後のことを考えると大事だと思いますしね」
「⋯⋯ありがとうございます。それじゃあ、明日はロルスさんのとこに行ってみようと思います。それが終わったら僕も準備を手伝うので重い買い物はそのときにしてくださいね」
「分かりました! じゃあ明日は旅にぴったりの美味しいおやつでも買っておきますね!」
ソラナは終始楽しそうな様子で話していた。
それから僕たちは宿の絶品料理を食べながらゆっくり話をしてからそれぞれの部屋に戻っていった。
この宿ではお湯を貸してくれたので僕は軽く体を拭いた。
セミになってからは清潔さをあんまり気にしていなかったけれど、人になったからには気をつけていきたいと思っている。
出会ってから間もないけれど、僕はソラナといる時間が好きだった。
それこそ家族にいるような安心感と、異性と初めて作る良好な関係に心を落ち着けることができるようになっていた。
友達と呼べるのかは分からないけれどロルスさんとも繋がりを持てたし、何より異世界の街を一人で歩くことができた。
少し前の僕だったら考えもつかなかったたくさんのことを達成して僕は満足感でいっぱいだった。
だからこそ、こんな日常が簡単に脅かされるだなんて思っていなかったんだ。
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