第40話:◆ソラナの思惑
「良かった⋯⋯」
宿の部屋に戻ったソラナは、つい独り言を言ってしまった。
それだけケイダとの交渉に賭けていたのだ。
村を出てから散々な目に会い、野宿を重ねてここまできた。
当然疲労が溜まっていたのだけれど、今後も一緒についてきてくれるようにケイダにお願いする方が、何倍も労力が必要だった。
ソラナにとってケイダの存在はそれほど大事だった。
どこの勢力にも属していない実力者、それがいるのといないのとではこれからの人生が大きく変わってくる。
「ケイダさんがいなかったら、私⋯⋯」
ソラナは自分で自分を抱きしめた。
体が小刻みに震えているのが分かる。
突然涙が溢れてきそうになる。
いまソラナが世界で信じることができるのはケイダだけだった。
両親と妹が病気で死に、村は滅んでしまった。
村から出て移動をしようとしたところ、今度は馬車が襲撃された。
馬車に乗っていた他の人は殺されてしまっただろう。
全てが運命のイタズラなのかもしれないと思う。
運悪く村に病気が蔓延し、運悪く野盗に襲われた。
そういうことだって多分あり得るだろう。
とても小さな確率で起きることが積み重なって翻弄されてしまった人々の話は歴史を紐解けば際限がなく出てくる。
だけど、全てが作為だということも考えられる。
何者かによって両親が殺され、村を出ようとしたところを狙われてしまった。
その可能性がゼロではないことをソラナは理解していた。
どこまでが偶然でどこまでが仕組まれたことなのだろうか⋯⋯。
考えるたびにソラナの心は冷たい針で刺されたように痛む。
もし全てが作為だった場合、ソラナはケイダを完全に巻き込んだことになる。
純粋無垢で人懐っこい様子の彼ももしかしたら狙われるようになってしまうかもしれない。
「でも死にたくないよ⋯⋯」
考えすぎなのかもしれなかった。
流行病で村が滅んでしまうというのは稀ではあるけれどない話ではない。
野盗はそれこそ何処にだっている。
けれどすぐに反対の考えも浮かんでくる。
女神の楽園の近くではかなり効果の高い薬草が取れる。
ソラナの村ではその薬草をお茶として飲む習慣があるので、病気になりにくいはずだった。
火の魔法をあんなに正確に制御できる野盗がどれだけいるだろうか。
いるとして、そんな野盗がわざわざ人口の少ない辺境までやってくるだろうか。
ソラナは自分が埒の明かない思索に沈んでしまっていることに気がついた。
いまはできる限り良い未来を描きながら慎重に行動するしかない。
なんとかケイダの協力を取り付けることができたのだから⋯⋯。
「ケイダさんが助けてくれるならきっと何とかなる」
ソラナには人の能力を見る力がある。
そんなソラナが見てきた中でケイダほどの力を持つ者はいなかった。
強大な魔力、強靭な肉体、そして詳細不明の特異な能力⋯⋯。
本人は遠距離の魔法だと言っていたけれど、そんな簡単な言葉で片付けられるような能力ではなかった。
もしかしたらとソラナは思う。
自分はケイダを巻き込んだつもりでいるけれど、実はケイダにとっては取るに足らないことなのではないだろうか。
非力な自分にとっては問題になることでも、ケイダにとっては瑣末なことなのかもしれない。
それほどにケイダの力は卓越していた。
「とにかく今は休もう。私は頑張ったよ⋯⋯」
ソラナは服を脱ぎ、結んでいた髪を解いた。
そしてくたびれた部屋着に着替えた。
人に見せるわけではないのだから、眠る時はこういう服が心地よい。
首にかけていたペンダントを外し、両手で握る。
体の魔力を集めてペンダントにゆっくり流していく。
すると、中の液体が動いてチラチラと光を発し始めた。
外の光を反射しているかのようだけれど、中の物質自体が光っている。
段々と熱を持ってきた。
その熱さが気持ち良い。
「お母さん⋯⋯お父さん⋯⋯ソアラ⋯⋯」
もう会うことのできない家族の姿が頭に浮かび、涙が溢れてきてしまった。
なぜみんな死んでしまったのだろうか。
家族だけではない。
隣の家のおばさんも、一緒に遊んだ友達もみんないなくなってしまった。
逃れることのできない哀しみに囚われそうになった時、突然、楽しそうに木に抱きつきながら両手をぱたぱたとさせて飛ぶ真似をする男の姿がソラナの心に浮かんできた。
「ふふっ」
思い出すたびに笑いが込み上げてくる。
特徴のある顔ではないけれど、だからこそ彼が満面の笑みであるのがソラナには分かった。
あの時もこうして絶望の中に沈みそうだったソラナを明るい場所に引き戻してくれた。
「ケイダさん⋯⋯」
ケイダのことを想うと胸の辺りに温かみが生じる。
これから会いにいく親族達よりもケイダの方にずっと親しみを感じられるくらい、ソラナはケイダに心を許していた。
気がつくとソラナはベッドの上で眠っていた。
目からは涙が落ちているけれど、顔は笑っている。
だって、夢の中ではケイダと一緒にセミごっこをしていたのだから。
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