第39話:分かっていたけどね
ソラナに案内してもらった食事処でほっこりとした気分になった僕は出てきた料理を十分に堪能した。
特に今日のおすすめだと言っていた根菜汁は、里芋やニンジンに似た野菜がたくさん入っていてすごくおいしかった。
それらの野菜のこの国での名前をソラナが教えてくれたんだけれど、どうしても覚えられなかった。
ゆっくりご飯を楽しんでいると、先客だった格好いい冒険者の人も出てゆき、お店には僕とソラナだけになった。
「ケイダさん、ごめんなさい!」
女の子と二人でご飯食べられて幸せだなーと思っているとソラナが謝罪の言葉を口にして頭を下げ始めた。
突然のことに僕は頭が真っ白になった。
なんだなんだ?
何かそういう雰囲気になるきっかけってあったっけ?
「本当は分かっていたんです⋯⋯。私がケイダさんにお願いしたのはアービラの街までの護衛だったのに、その後もこうして図々しく付き合わせてしまって⋯⋯」
あぁ、そのことか。
確かに変だと思ってはいたけれど、むしろ嬉しいと思っています。
「宿も強引に同じところにしてしまって申し訳ありませんでした。まっすぐに相談すれば良いものをどうしても話し出すことができなくて⋯⋯」
「いえ、それは良いんですけどね。お金を払わせちゃっていますし⋯⋯」
「お金のことは気にしないでください。ケイダさんほどの人を護衛に雇おうと思ったらあの宿とこの食事だけでは到底賄いきれませんから」
え、そうなの?
ソラナに褒められて鼻が高くなりそうだったけれど、花モグラさんの顔が浮かんできて瞬時に鎮静化した。我が心の師よ⋯⋯。
「でも僕が一文無しなのは間違いないですからね。ソラナさんのおかげで随分助かりましたよ」
僕がそう言うとソラナは心苦しそうに眉をひそめた。
困り顔がかわいい人っているけれど、ソラナもそういうタイプみたいだった。
「そこで⋯⋯あのお願いなんですけれど、この後も私の護衛を引き受けていただけないでしょうか?」
ひどく申し訳なさそうにソラナは言ったけれど、僕は「えっ、まじ?」という気持ちでいっぱいだった。
僕に親切に色々教えてくれて料理作ってくれる金髪薄胸美少女と旅をしてお金がもらえる生活が続くってことだよね。
言葉にしてみると色々ひどいし、なんだか自分がヒモにでもなったような気持ちになるけれど⋯⋯まぁ要約したら大体合っている気もする。
ちなみに僕は胸が大きい人に威圧感を感じてしまうタイプなので、そういう点でもソラナとは相性が良さそうだ。
「良いですが詳しく話を聞かせていただいても良いでしょうか?」
反射的に了承しそうになったけれど、あんまりすぐに受けると下心があるように思われてしまうかもしれないと考えて適当に取り繕ってみた。
そしたらソラナはほんの少しだけ顔を緩めながらコクンと頷いた。
無下に断られることがなくて良かったという感じだろうか。
だとしたら健気すぎる⋯⋯。
「ケイダさんにもお話した通り、私の家族は病気で亡くなってしまいました。ですが幼いことから両親が私に言っていたことがあるんです」
話しながらソラナは服の襟首から手を入れてペンダントを取り出した。
皮の紐に括り付けられたそれは涙型をしていて、中にほわほわとした液体が入っているようだった。
胸元を凝視してしまったのはペンダントのせいです。
「『ハルト王国で貴族をしている親族がいるから、私たちに何かあった時にはそこに行くんだ。そのペンダントを見せれば必ず良くしてくれる』って⋯⋯。ハルト王国はこのスパーダ王国の隣にある国です。この国や帝国ほどではありませんが、四大大国に数えられる程には栄えている国です」
何かあったら隣国に行け。
それって何かあると思っていたってことなんじゃないかなと僕は思った。
同じ国の知り合いを頼れって話じゃなくて隣国の親族かぁ⋯⋯。
「私は両親の話通り、ハルト王国のアステルという街で領主をしている親族を訪ねようと思っています。この街から馬車を乗り継ぎ、国境を越えて二週間はかかりますが、その間私の護衛を引き受けていただけないでしょうか⋯⋯」
ソラナは丁寧に頭を下げて言った。
僕は正直これは厄介事なんじゃないかなぁと思っている。
前世で病院にいた時にたくさん訳ありの人たちを見てきたからなんとなく分かるんだけれど、これは多分大変な案件だと思う。
でも、セミに生まれてしまった僕にとってはこの世界で起きることは大抵は厄介事なんだと言うこともできる。
これから人の姿で旅をして行きたいと思っているけれど、正体がバレたら一瞬で化け物扱いされるかもしれないし、何より僕は常識がないのだからそっち方面でトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない。
目の前にある明らかな厄介事と、いつか来るかもしれない未知の厄介事。
僕はどっちを選ぶべきだろうか⋯⋯。
答えは決まっているんだけれどね。
「良いですよ」
「えっ」
「その話引き受けます。⋯⋯ですが、一つ聞かせてください」
ソラナは僕が了承したのを聞いてにぱっと笑ったけれど、あとに続く言葉に顔を引き締めた。
「なんで僕なんですか?」
それはずっと思っていたことだった。
なんであのときソラナは僕に助けを求めたんだろう。
どうして僕に良くしてくれるんだろう。
そしてなぜまた僕を頼るのだろうか。
それがずっと疑問だった。
「それは⋯⋯」
僕がまっすぐにソラナを見ると彼女は目を泳がせた。
そしてボンっと音が出そうになるほど一気に顔を赤らめさせて、遠くの方を見つめ出した。
「実は私——」
これってもしかして例のやつなんじゃないかと僕は直感した。
まだ出会ってからそんなに日は経っていないけれど、でも月日は関係ないよね。
僕はゴクリと唾を飲み込んでソラナの次の言葉を待つ。
こういう時に大事なのは余裕だって恋愛ゲームが教えてくれた。
「せ、セミが好きなんです⋯⋯」
「へ?」
「セミが一番好きな虫なんです! だからセミのように無邪気なケイダさんのことを信用しています!」
ソラナは会ってから一番大きな声でそう言った。
小声で「言っちゃったよう⋯⋯」って言っててすんごいかわいいけれど、何か違くない?
いや分かっていたけどね。
本当に心の底から分かっていたけれどね。
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