第38話:いざ、ランチ
自分の姿を鏡で見ると星の形が体に刻まれていることに僕は気づいた。
それは白ムクドリの頭に入っていたのと同じであることを思い出し、なんかホラー的な気分になっていた。
「これってセミ丹田の裏側っぽいなぁ⋯⋯」
それから僕はセミの姿で鏡を見ていた。
星は背中に入っているけれど、その真裏はこれまでずっとセミ丹田だと思っていた場所な気がする。
この模様はいつから入っていたのだろうか。
僕の色が変わった時か、それとも鍛えすぎたからなのだろうか。
いま思うとあの白ムクドリはかなり強かった。
女神の祠の守護者なんだから当たり前なんだけれど、十九年も修行に明け暮れた僕と対等に戦うことができたのだ。
普通の物語だったら世界有数の力を持っていてもおかしくない。
そんな僕と白ムクドリに共通していることといえば⋯⋯。
「選ばれし者なのかもしれないな⋯⋯ぶふっ」
僕は人化してからキメ顔でそう言った。
だけど特徴のない顔の奴では全く様になっていなかったので吹き出してしまった。
理由はよく分からないけれど、僕の体には星が入っている。
そう納得しておけば良いんじゃないかと思った。
考え方によっては結構格好良いと思うし、すでに愛着が湧いてきているからすんなり受け入れられそうだ。
むしろ変な模様が入っていなくてよかった。骸骨みたいなのとか⋯⋯。
「ケイダさん。準備はいかがですかー?」
そんな感じで不毛なことを考えているとコンコンというノックと共にソラナの声が聞こえてきた。
僕は魔力の服を復元させてから扉を開けて顔を出した。
すると目の前にはちょっとだけおめかししたソラナがいた。
化粧したというよりは顔を綺麗に洗って髪を整えた感じだと思う。
若草色の服に着替えたみたいだけれど、なんだか素朴で結構かわいい。
これまでの服と違って今の服はぴったりめなのでソラナの胸が相応に小さいことがよく分かる。
「準備万端です」
「ではご飯を食べにいきましょう。とっても美味しいスープを出すお店があるんですよ!」
ソラナは満面の笑みだ。
これからおいしい食事をするってだけで嬉しい気持ちになるのはよく分かるから僕もつられて笑顔になる。
この街のことをソラナに聞きながら歩いてゆくと、案内されたのは老舗の風格漂う質素なお店だった。
ちょっと薄汚れているようにも思うけれどそんな様子が食欲を刺激する。
樹液だけでも生きていけそうな気がするんだけれど、食事を目の前にするとちゃんと食べられる。
僕の体ってどうなっているんだろうね。
便利な体でよかったと思うけれどね。
店の中に入るとカウンターの席に先客が一人いた。
薄茶色の長めの髪をした男の人なんだけれど、一目僕を見た後に驚いたような顔をしていた。
僕自身はそんな目立つような顔じゃないと思うからもしかしたら知り合いと間違えたのかもしれない。
その人はまさに冒険者って感じの防具をつけている。
素人の僕から見てもお金がかかっていそうなのが分かるくらい良い素材を使っていそうだ。
というかめちゃめちゃ格好いい顔をしていて、ファンタジーゲームの主人公みたいだ。
「ケイダさん?」
僕がぼーっと突っ立っているのに気がついてソラナが声をかけてくれる。
あんまりジロジロみるのも悪いよね。
店員さんの案内に従って僕たちは店の奥側のテーブル席についた。
さてメニューでも見ようかなと思っているとソラナが店員さんに尋ねた。
「今日のおすすめはなんですか?」
「根菜汁だね」
「じゃあ、それを二つとあと何かお肉の料理はありませんか?」
「ウサギの香草焼きだったらすぐ出せるけれどそれで良いかい?」
「はい。あと黒パンを二つお願いします!」
僕が机の上を探しているうちにソラナが注文を終えてしまった。
ちなみにいくら探してもメニューなんて気の利いたものは置いていなかった。
不思議に思ったのでソラナに聞いてみると色々と教えてくれた。
「この辺りではメニューが置いてないお店が多いですね。その日に仕入れたもので作れる料理が変わるので大衆食堂ではおすすめを聞いた方が早いです。ルールは地域によって全然違うみたいですけれどね」
「じゃあ、何が出てくるかはお店次第なんですね」
「えぇ、そうですね。だからこそ、この店みたいに何食べても美味しいお店の人気が高いですね。特定のメニューが人気のお店ももちろんありますけれど」
所変われば文化も変わるというところだろうか。
もし一人でお店に入ってしまったら僕は途方に暮れてしまったかもしれない。
長い間、病院で出されるご飯を食べていただけだから自分で選ぶことに慣れていないしねぇ。
ソラナの話を聞きながらさっきの格好良い人の方を見てみると彼はクリスマスチキンみたいなでかい骨付きの肉にかぶりついていた。
顔が整っている人って何やっても様になるなぁ。
「あ」
僕が羨ましげに見ていたからか、ふとした時に目が合ってしまった。
どうしようかとドギマギしていると彼は手を上げて挨拶してくれたので、僕は何度も頭を下げてみた。
するとニコッと笑って手を振ってくれたので、僕も手を上げてみた。
僕、いま初対面の人とコミュニケーションを取っているんだ!
そんな実感が湧いてきて胸がじわっと温かくなった。
ちゃんと良い人もいるんだなー。
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