アービラにて友情?

第37話:鏡よ、鏡

 僕とソラナは無事アービラの街に着くことができた。

 ソラナのおかげで街の中に入ることのできた僕は、いつソラナから別れを告げられるのかとビクビクしていたけれど、ソラナは僕を宿に案内し、二人分の部屋代を払ってしまっていた。


「え、これはどういうことだろう⋯⋯」


 僕は宿の一人部屋で困惑していた。

 ソラナの行動に混乱しているうちにいつのまにか宿に泊まることになっていたし、一休みしたら一緒にご飯を食べることになっている。


 それ自体はすんごい嬉しい。

 ちょっと甘えすぎだというところは目をつぶることにして、ソラナと過ごせる時間が単純に増えているので喜びたい気持ちでいっぱいだ。


 だけどこれってどういうことなんだろう。

 何かサインがあったのかなぁ。

 コミュニケーション能力が低すぎるせいで何か重要なことを見落としてしまったのかもしれない。


 そう思ってやりとりを思い出してみたけれど、なんの手がかりも見つけられなかった。

 まぁ、それこそがコミュニーケーション能力が低いことの証左かもしれないんだけれどね。


「とりあえずは甘えることにして、ご飯の時に話を聞いてみるしかないね」


 ずっと怖くて話を聞けなかったんだけれど、ここまでお世話になってしまうのなら話は変わってくる。

 知らないうちにソラナが合図を送って僕が承諾してしまっているのかもしれないし、誤解があるようなら早めに訂正しておいた方が良いだろう。


 借りすぎてしまっている分は後から返せるように話をしてみよう。

 しっかり話をすればきっと分かってくれるはずだと思う⋯⋯。多分。


 そんな感じで問題を先送りした僕は、さっきから気になっていた物に目を向けることにした。

 それは鏡だ。


 この宿は安くて良い系の宿のようで、部屋はベッドが置いてある以外にはあまりスペースがない。

 だけどそのわずかな場所に服をかける場所や棚が置いてあり、その上に鏡がある。


 鏡はガラス製に見える。

 現代の物と比べると質は良くなさそうだけれど、映っているものを見るには十分だろう。


「どんな姿なんだろうなぁ⋯⋯」


 人化の術を神様に貰ってから時間が経つけれど、これまで自分の姿を見ることはできなかった。

 もしかしたら結構整った顔に生まれちゃったんじゃないかと妄想してテンションが高くなった夜もある。

 門番や街の人は僕の顔を見ても違和感を持っていないようだったから、僕も欧米系の顔つきになっているんだろうか。


「えい!」


 思い切って鏡の前に立ち、自分の顔を鏡に映した。


「⋯⋯うーん。すんごい普通」


 正直コメントに困るような顔をしていた。

 髪が焦茶色だったのは抜いて確かめていたから良いとして、顔立ちは格好良くもなく悪くもない顔だった。

 正直特徴がないような気がする。

 顔の起伏はあんまりないけれど、日本人だった時ほど平たいわけではなさそうだ。


「期待ほどじゃなかったな。でもすごい気持ち悪いとかじゃなくてよかったよ⋯⋯」


 神様が麗しい見た目にしてくれたんじゃないかという期待がちょっぴりあったんだけれど、そこまで上手い話があるわけなかった。

 そんな気はしていたんだけれどね。


 次に僕はゆっくりと魔力を動かして念じ、上半身の服を消した。

 この服は僕の魔力で出来ていて、どうやら消せるらしいと気がついたのだ。

 野営の時にソラナが起きるまでの時間が暇すぎて遊んでいたら判明した。


 うまく魔力を操作すれば任意の服を作れそうなんだけれど、僕にはセンスがないし、この服にはほとんど汚れがつかないので逆に不自然さが際立ってしまう。


 お金ができたら服を買って、それを着て生活していくのが良いだろう。

 下着とかは見られないから魔力で作っても良さそうだけどね。


「おぉー、やっぱりこうしてみると筋肉あるよね」


 わざわざ鏡で見なくても結構筋肉がついているのは分かっていたんだけれど、改めて正面からみると感慨深い。

 がっしりした体型というよりは、線が細くて体幹がしっかりしている感じだ。


「あれ。なんだろ、これ⋯⋯」


 自分の体を見て悦に浸るという危ない行為をしていたら、左腕の上の方にほくろのようなものがあることに気がついた。

 注射を射つところよりも上のほとんど肩みたいな場所だ。


 鏡に近づいてその部分をよくみるとそれは星のような形をしていた。

 ほくろというよりはあざに近いようだけれど、色は黒くてはっきりとした形をしている。


 なんだろうと考えていると、白ムクドリのことが浮かんできた。

 奴の頭にも星の模様が入っていた。

 見たのは一瞬だったから記憶がおぼろげだけれど、色形がそっくりのように思う。


「なんか怖いなぁ⋯⋯」


 ちょっとホラー的な感じに思ったので、僕は考えないようにすることにした。

 星が入っているのは格好いい気もするけれどあの鳥とお揃いってちょっと不吉な気がするんだよね。


「そんなことよりも大事なことがあるし、次に行こう」


 さて人の姿を見た後は、セミの姿も見てみたい。

 結局のところ、本体はセミなのだからそちらを確かめないではいられない。


 ボフンと人化を解いてみると、セミに戻った僕の姿が鏡に映る。

 そこには銀色のボディに黒い目をしたセミが羽を広げて飛んでいた。


「⋯⋯思ったより格好良い」


 まずボディには光沢があり、キラキラと輝きがある。

 銀にしてはきれいな気がするのでそれよりも良い金属で表現したいところだけれど、他に見たことがないのでわからなかった。


 白金とかはこんな感じなのかな?

 でも銀弾って言葉があるくらいだから、銀で良いのかもしれない。


 次に目だけれど、これは黒曜石のように透き通るような美しさがある。

 それに加えて形はまんまるなので結構愛嬌があるように見える。


 改めてみると大体の造形は『女神の楽園』で見た十九番目の死神デスナインティーンと一緒だ。

 やっぱり僕の正体は奴らということで間違いないみたいだね。

 多分だけど神様が能力を授けてくれたことで色が変わったんだと思う。

 色違いかぁ。


 十九歳なのに十四歳になったみたいな種族名は恥ずかしいけれど、そうなってしまっているなら仕方がない。


 そんな感じで僕は鏡の前で飛び回り、自分の姿をよく見ていた。

 人としては普通だったけれど、セミとしては最上級の格好良さだったので結構満足である。


「ん? ちょっと待って⋯⋯」


 セミの姿で飛び回っていると背中の辺りに何か不自然な模様が入っていることに気がついた。

 それはさっき人型のときに肩の辺りにあったのとおんなじ星形の模様であった。


 怖くて何日かぶりにちびりそうになったけれど、堪えることができた。

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