第36話:アービラ到着

 僕とソラナは仲良く話しながらアービラの街までの道を進んでいた。

 二回目の野宿を終えて出発するとソラナが言った。


「アービラの街までもうすぐです。このペースだとお昼前に到着しそうですね。ここまで来れば敵に襲われることもないでしょう」


 その言葉を聞いて僕はふーっと息を吐いた。

 護衛を引き受けた以上、何かあっては困るからと四六時中気を張っていた。

 ソラナとの話が楽しすぎてちょっぴり気が抜けた時もあったけれど、それなりの緊張感は保っていたつもりだ。


 何よりソラナを守ってあげたいという気持ちがどんどん増していた。

 僕といる間ソラナはずっと気丈に振る舞い、その綺麗な顔をずっと笑みで飾っている。

 彼女のおかげで美味しいご飯にもありつけたし、何よりこの世界についてかなり詳しくなった。


 ソラナは本好きだったようで、生の知識には敵わないと言っていたけれど高度な知識を持っているみたいだ。


 僕を助けてくれる彼女を助けてあげたい。

 そんな気持ちがアービラに近づくほどに募ってゆく。

 だけど彼女の依頼は街に着くまでだ。


 宿の情報とかは教えてもらおうと思っているけれどそれ以上は甘えすぎない方が良い気がする。


 これからどうやって生きて行こうかなぁ。

 ソラナの話によればこの世界にも冒険者がいて僕のイメージとそう変わらない活動をしているようだから、アービラを拠点に頑張ってみるのが良いかもしれない。

 やっぱり異世界と言えば冒険者だよね!


 あー⋯⋯。

 このままアービラに着かなければ良いのにね。

 これからまた孤独に戻るのかと思うと気が滅入りそうだ。

 前世でも大した社会経験のない僕が新しい世界に入ってうまくやっていけるのだろうか。

 これまで鍛えてきた魔力操作の力がうまく活きると良いんだけどなぁ。




 アービラの街が近づくにつれて僕たちは次第に無言になっていった。

 そのおかげで僕の頭にはどんどん不安が浮かんできて、ソラナに助けを求めようかという衝動に駆られることもあった。


 わんわん涙を流して助けてほしいと縋ったら何とかなるんじゃないかという考えもあったけれど、情けなさすぎるので流石にやる気にはならなかった。


「あ、アービラが見えてきました!」


 ソラナの言葉に反応して俯きがちだった目線を上げると遠くの方に壁が見えてきた。

 あれが城壁だろうか。

 壁の上に均等に小屋みたいなものが乗っている。


「あれが城壁ですか?」

「はいっ! そうです!」


 ソラナは声を弾ませて笑顔を浮かべた。

 心なしか歩く速度も速くなっていて、先へ先へ進んでいく。

 そんなソラナを僕は後ろから見ることしかできなかった。


「ケイダさーん。行きましょう!」


 ソラナに呼ばれたので、小走りで城壁に近づいていく。

 僕、うまく笑えているかな?


 僕が追ってきたのを見てソラナはさらに進んだ。

 進行方向には門があり、門番が立っている。

 門番は簡素な革鎧を着て槍を持っている。

 もっと厳つい顔をしているのかと思ったけれど、四十くらいの普通の欧米人って感じの人だった。


 ソラナは門番に軽く挨拶をしてから二人分のお金を払ってくれた。

 門番は僕のことをじっと見つめたけれどそれ以外は何も言わずに中に通してくれた。


 もっと大きい街だと身分証の提示を求められて審査される場合もあるみたいだけれど、アビーラでは見るからに怪しい者でない限りは街に入るのを止められることはないらしい。


 じゃあなんで城壁に囲まれているのかというと、むかし『女神の楽園』から魔物が大挙して押し寄せたという伝説があるらしく、万が一のことを考えて今でも維持されるのだとソラナが言っていた。

 本当になんでも知ってるんだよなー。

 ちなみに、この世界には手をかざすと犯罪歴の有無を示してくれるような便利な魔道具はないらしい。





 街の中に入ると石造りの建物が広がっていた。

 地面にも石が埋められている。

 テレビやアニメではこういう街並みを見たことがあるけれど、実際に目の当たりにすると感激してしまう。


 人々も門番と同じように欧米人の顔つきで、はっきりとした顔立ちの人が多い。

 現代と比べるとごわごわとしていそうな服ばかりだけれど仕立ては立派で粗末な感じはない。


「ケイダさん、こっちに行きましょう」


 ソラナに手を引かれて僕は歩き出す。

 手を繋がれているのでちょっとドギマギするけれど、いつ別れを切り出されるのか不安で仕方がなくなってきた。

 そんな子じゃないのは分かっているんだけれど、『お前は用済みだ』とか真顔で言われたら立ち直れなくなっちゃうと思う。


 僕の内心に反してソラナは楽しそうな様子で街を案内してくれる。

 あの店の料理は美味しいとか、あっちの方に良い古着屋があるとか。

 ソラナの村から一番近い街がアービラみたいなので、何度も来たことがあると言っていた。


 色々と教えてくれているところ本当に悪いけれど、内容が全く頭に入ってこなかった。

 こういう時にどんな顔をすれば良いのだろう。


 悩んでいるとソラナは突然立ち止まり、僕の顔を覗き込みながら言った。


「ここです⋯⋯」


 あぁ、ついに来てしまったのか。

 僕はそう思って反射的に俯いた。


 断頭台に立ってこれから処断されるような気持ちで顔を上げると目の前にはわりと立派なお店があった。


「ここは⋯⋯?」

「宿ですねー」


 そう言うとソラナはさっと中にはいり、二人分の部屋の代金を支払ってしまった。

 呆気に取られる僕を見て、ソラナは言った。


「今日はここに泊まりましょう!」


 その笑顔を見て謎の期待感が湧き上がってきたけれど、ちゃんと二人の部屋は別でした。

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