第34話:初めての手料理
スパーダ王国の辺境にある城郭都市アービラに向かって歩きながら、僕はソラナからこの世界の常識を学んでいた。
ソラナは森を進みながら食材を調達し、夕食の準備を進めていた。
「今日はこの辺りで野営をした方が良さそうですね」
ソラナがそう言ったので僕は立ち止まり、彼女の指示に従って地面を軽くならしたり、枝や石を集めて来たりした。
まだ日は高いけれど、明るいうちに食事などを済ませておいた方が良いらしい。
夜は危ないから早めの行動をすべしだと僕も物語で学んでいたので、ソラナの話をすんなり受け入れることができた。
ソラナは大きめの石を円形に並べて作った簡易かまどの中に枝を入れた。
枝は鉈みたいな道具でソラナが切ってくれている。
この子がいなかったら僕って何にもできなかったね。
樹液を舐めていれば生きていけるから良いんだけれど、人間らしい生活を送れることはなかったと思う。
「火を着けますね」
ソラナはそう言って手から火の粉を出し、枝に火をつけた。
ぱちっぱちっと音がして、火がすぐに大きくなった。
「もしかして⋯⋯魔法?」
「そうです。これは生活魔法の一つです。慣れるとやっぱりこっちの方が早いですねぇ」
僕は自分のテンションが跳ね上がるのを感じた。
やっと魔法らしい魔法を見た。
やっぱりここって異世界なんだなぁという実感がじんわり胸に広がっていく。
それから僕は火をつけて料理の下拵えをするソラナを見ながら魔法について質問しまくった。
やっぱりこの世界には魔法があって、大抵の人は生活魔法と呼ばれる簡易の魔法を使うことができるらしかった。
ソラナはそれなりに魔法の素養があるので、枝に火花を散らすだけじゃなくて火を燃え上がらせることもできるらしい。
僕が興味津々だったのを察して、ソラナは色々な魔法を見せてくれた。
魔法を使うのが楽しそうだったので、嫌がってはいないと思う。多分。
「水の魔法が得意だと、こうやって料理に使うこともできます」
リュックに入っていた銅製っぽいフライパンを簡易かまどの上に置いた後、ソラナはその上に手をかざした。
そして「ふぅー」と息を吐いたあとで手からじゃーっと水が出始めた。
「すごい! 水だ!」
僕が笑うと、ソラナも笑って水が出る様子をよく見せてくれた。
近づいて見てみたけれど、手から水が染み出しているようにしか見えなかった。
フライパンに水がたまっていく様子を見ながら、僕はなんだか変な気分になってきた。
だって金髪碧眼美少女の手から水が出ているんだよ?
それで料理をしてくれる訳だから、僕ってこれからその水を飲むんだよね?
異性に手料理を作ってもらうだけでも初めての経験なのに、その子が出してくれた水を飲んじゃっても良いのかな。
ちょっと思考が変な方向に行きそうだったので、魔法使いが出す水を飲むのが一般的なことなどうかを僕はそれとなく聞いてみた。
「そうですね。水を出すことができる人は多いので、子供の頃からよく飲ませてもらってましたよ。私もあげていましたし!」
得意そうにソラナが言うので、意識しているのが僕だけなんだとよく分かった。
経験したことないけれど、間接キスになるのをこちらだけが気にしていて、あっちは全然気にしていない時のような切なさを感じる。経験したことないけど。
「できました! 食べましょう!」
僕がそんな
木製のカップにソラナが入れてくれたので、僕はまずスープを飲むことにした。
匂いを嗅いでみる。
すると、植物の青さの中にちょっとだけ動物の匂いがした。
ソラナが干し肉を削って入れてくれたのでそのおかげだろう。
僕はカップに口を付け、汁を含んだ。
舌先に優しい温もりを感じ、確かな塩味が広がっていく。
「おいしい⋯⋯」
気づけば僕は声に出していた。
肉の出汁、野菜の甘み、塩。
本当にシンプルな味だ。
だけど、人間らしい食事の味だ。
すぐに気がついた。
これまで僕はずっと樹液を飲んでいただけだったのだ。
大樹の樹液は極上だったけれど、それはセミの食事でしかなくて何かが欠けているように思っていた。
ソラナのスープを飲んで僕はやっと人に戻ったんだという実感を得た。
僕は本当はセミで、人になれるというのは仮初のことなのかもしれないけれど、それでもやっとここまで来たんだという感情が溢れてきた。
「おいしい⋯⋯えぐっ⋯⋯えぐっ⋯⋯おいしいよ、これ⋯⋯」
気づけば涙が止まらなくなっていた。
何でこんなに感情が揺さぶられたのかは僕には分からない。
でも何だか前世からの頑張りが報われたような気持ちになった。
僕に人化の力を与えてくれた神様に対する感謝の気持ちも混ざっていると思う。
ふと顔をあげてソラナの方をみると彼女はひどく驚いた顔で僕を見ていた。
まぁ、そうだよね。
出したスープを号泣しながら飲む奴がいたらそりゃあ驚くよね。
僕は何か言葉を出したかったのだけれど、「おいしい」以外の言葉が出てこなかった。
ありがとうとか、そういう言葉も言いたかったはずなんだけれど頭がぐちゃぐちゃで、狂ったようにスープをすすることしかできなかった。
「そんなに喜んでくれるなんて⋯⋯」
そんな僕を見てソラナも口を開いた。
再び顔を上げると、なぜだか彼女も涙を流していて「もっと工夫すればよかったな」と呟いている。
ソラナの様子を見ているうちに僕のお腹に心地よい熱が発生してきたのが分かった。
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