第33話:いま僕はスパーダ王国にいるらしい
怪しい集団を追い払ったあと、僕はソラナと合流した。
気を取り直して再出発というところで、その集団が着ていたローブの模様について話をするとソラナの顔色が変わった。
「菱形の刺繍ってこういうものではないですよね?」
ソラナは枝を拾って土肌が出たところに図を書き出した。
それは菱形の枠の中央に盾、左右に星か雪のような模様が入ったデザインだった。
「いえ、もっとシンプルで単純な菱形が入っているだけでしたね。鼠色のローブに鼠色の刺繍だったので見づらかったですけど、こんな模様ではなかったはずです」
僕がそう言うとソラナは胸を撫で下ろした。
そんなに大事なことだったんだろうか?
じっとソラナを見つめていると彼女が説明してくれた。
「これは帝国騎士の印です。ここにいるわけが無いのですが、もしかしたらと思って取り乱してしまいました。単純な菱形の模様は見たことがありませんので、野盗が独自に作った柄かもしれませんね」
安心した様子でソラナは話しているけれど、僕はその帝国とやらの可能性がなくなった訳ではないと思っていた。
あのリーダーはなんかやたら自信満々だったし、もし隠密任務だったりしたら自分たちの正体を明かすような印をつけるはずがないからだ。
菱形を入れるのもどうかと思うけれどね。
「ここって帝国だったんですか?」
「あぁ⋯⋯その記憶もないのですね。ここはスパーダ王国で、ロゼンジ帝国は隣の国です」
「スパーダ王国⋯⋯」
「はい。ここはスパーダ王国のいわゆる辺境に当たります。『女神の楽園』があるという以外にはこれといった特徴のない地域ですね⋯⋯」
それからソラナは歩きながら世界の地理や勢力について話をしてくれた。
いまこの世界ではスパーダ王国とロゼンジ帝国が覇権を争っていて、スパーダ王国は隣にある別の王国と同盟を結んでいるだとか、ロゼンジ帝国側には宗教国家があって、秘密裏に帝国を支援しているらしいとか、そういう細かい話を僕に教えてくれた。
でも正直聞きなれない国の名前ばっかりだったので、僕はこの国がスパーダ王国で隣の帝国と小競り合いをしているということくらいしか覚えられなかった。
「と、とにかくここがスパーダ王国の辺境だということはわかりました。これから向かうアービラはその辺境の要衝ということで良いですか?」
「はい、その通りです。アービラは歴史ある城郭都市で『女神の楽園』に住まう魔物達から人々を守るために建設されたと言われています。ですが、あの森から魔物が出てきて危機になった歴史などないようなので、この街の成り立ちについても色々と説があるみたいですね」
ソラナは質問すると流れるように答えてくれる。
ただの村娘みたいな格好をしているけれど、かなり頭が良さそうだ。
「すごく詳しいですね⋯⋯。歴史がお好きなのですか?」
「両親の趣味が古書集めだったのでよく読んでいたのです。ちょっと変わってますよね、分かっています⋯⋯」
ソラナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そんなに恥ずかしがる理由はよく分からなかったけれど、なんか可愛かったのでよかったと思う。
そんな感じで僕はソラナからこの世界のことを学びつつ、アービラに向かって歩みを進めていった。
◆
森を歩きながら何度も立ち止まり、ソラナは雑草を採取してくれた。
残念ながら食料はほとんど失ってしまったらしいので、食べられる植物を採ってご飯を作ってくれるらしい。
美少女の手料理が食べられる!と僕は浮き足だった。
なんとか我慢しているけれどスキップして鼻歌でも歌いたい気分だ。
「ソラナさんはどんな食べ物が好きなんですか?」
「芋の煮っころがしとかですかねっ!」
僕が聞くとソラナは元気一杯の笑顔で答えてくれた。
振る舞いや顔つきはすごい上品なのに、随分と田舎っぽいというか所帯じみたところがあるんだね⋯⋯。
そのギャップに僕はノックアウト寸前だった。
ソラナは「おいもっ、おいもっ」と小声で言いながら軽快に歩いている。
目線が地面に向いているから、もしかしたら芋がないか探しているのかもしれない。
お芋ってこんなところに生えているのかな?
「ケイダさんは何が好きですか?」
「僕ですか? うーん、樹液! っていうのは冗談だけどお肉が好きかなぁ⋯⋯」
好きというか、前世ではあんまり食べられなかったので今世では肉が好きな男になりたいです。
筋とかを噛み切れるような強い男に憧れる。
「お肉ですか⋯⋯。この辺りは動物がいませんが、明日になれば兎くらいはいるかもしれませんね。狩りますか?」
ソラナちゃん、かわいい顔して野生的だよね。
でも首を傾げながら聞いてくるのはほんの少しだけあざといかもしれない。
「ソラナさん、狩れるんですか?」
「あんまり得意じゃないんですけど、頑張ればなんとかなるかもしれません。解体するのは上手いと思いますよ!」
ソラナは腕を捲って力こぶを作ったけれど、前世の僕の何倍も力が強そうだった。
線が細そうに見えるのにやっぱりそれなりに力があるんだね⋯⋯。
この世界の人たちは思ったよりも逞しく生きているのかもしれないと思った。
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