第30話:変な集団がいる。
僕はソラナに言われるがままにアービラの街までの道のりを歩いている。
道といっても森の中の獣道だけれどね。
ソラナの話からは僕の正体は十九年に一度大発生するセミで、あの森が『女神の楽園』と呼ばれていることを知った。
確かに神様に会うことができたし、その名前で間違い無いと思う。
名付けたのはきっと男だろうね。
地中にいたときには時間感覚がなくなってしまったので、自分がどれだけ生きているのか分からなかったけれど、ソラナの話によれば僕は十九歳のようだ。
十九年ものあいだ修行に明け暮れていたので、やっぱり僕はかなりの強さを手に入れているのではないかと思う。
だけどこれまでにそうやって思い込んで暴走した結果、酷い目にあってきたので自重していこうと思う。
「そういえば、僕の歳は良いとしてソラナさんって何歳なんですか?」
「何歳に見えます?と聞きたいところですが、そうやって男性を困らせるのは淑女ではないと母に言われましたので⋯⋯。私は今年十八歳になります」
その質問って困るよね。
なぜか看護師さんって、自分が何歳に見えるのかをすごく気にするみたいで何度も何度も聞いてくるんだよなぁ。
高く言うのがやばいのはともかく、低すぎても機嫌が悪くなる人もいるし、人によって正解が違うのが怖すぎる。正解すらなくて聞かれた時点で詰んでいる場合もある。
「じゃあ、僕の一個下ですね。まぁ、僕の歳はさっきソラナさんに決めてもらったばっかりですけど⋯⋯」
「はい。同じ歳くらいに見えましたが、なんとなく上な気がしたので十九と言ってみました」
僕は十九歳であることが濃厚だけれどまぁ良く分からないし同年代くらいの感じで接するのが良いかもね。
でも最初に丁寧な言葉で接してしまったからどうしたら良いのか分からない。
物語だと『じゃあこれからは言葉を崩して』みたいに言っているんだけど、それが普通なのかなぁ。僕に言える気がしないけどね。
「あとさっきの話で詳しく聞きたいことがあるんですけど、ソラナさんの乗合馬車を襲ったのって何者だったんですかね。やっぱり野盗ですか?」
「分かりません。姿が見えませんでしたし、この辺りに野盗が出るなんて話を聞いたことがないのです。辺鄙な場所なので襲っても旨味はありませんしね。それにあの炎は魔法によるものだったと思います。魔法を使えるのであれば食べるのに困ることはあまりないため、野盗になる理由がありません」
ふむふむ。
この世界でも魔法は特殊技能だと思った方が良いのかな。
おいおい情報を収集していきたいところだけど、いまはとりあえずソラナの状況を把握することが大事だと思う。
「心当たりはないということですね⋯⋯。僕は遠距離攻撃が得意なタイプだから近づかれると困っちゃうなぁ」
僕の呟きを聞きながらソラナは少し俯いている。
なんとなく伏せている情報があるようにも思うけれど、セミ男に全てを開示するほど迂闊ではないってことだよね。
「ソラナさん。少しここで待機していただけませんか? 僕、ちょっと辺りを調べてきます。あそこに大きな木があるので近くに怪しい存在がないか見てきます」
請け負ったからにはちゃんと仕事を完遂したいと思っている。
もし本当に危ない奴らがいるんだとしたら遠くから狙撃した方が良いはずだ。
ソラナが不安そうな顔で頷いたのを見て、僕は走り出した。
気休めにしかならないけれど一言追加しておくか。
「話を聞いて逃げ出そうとしているわけじゃないんで大丈夫ですよ。とにかく少しの間、ここにいてください。正直方向感覚もあんまりないので、合流できなくなる可能性があります」
ソラナは柔らかい表情でこくんとかわいらしく頷いた。
◆
ソラナから十分に離れたことを確認してから僕はセミの姿に戻った。
ほんの少しの間のことだったけれど、ずいぶん久しぶりにセミになった気がする。
ソラナに見つかった時はどうなることかと思ったけれど、ひとまずの行動目標が見つかったので良しとしたい。
森から出たは良いけれど何をしたら良いのか分かっていなかったのでソラナに会えてよかったと思っている。
無事に辿り着ければ街に入れるようだし、何かあってもまぁセミになれば逃げられると思うからとりあえずはソラナに付き合うのが良さそうだ。
もちろん、ソラナを見捨てていくつもりはないし、護衛にも最善を尽くすつもりだ。
「だけど僕がどれぐらい強いのかが良くわかってないんだよなぁ」
ソラナの話を聞く限りでは、『女神の楽園』にはかなり強い魔物が生息していそうだった。
攻略した人間が長年いないというのがその証拠だろう。
祠に入った人間が伝説になっているのだとしたら、もしかしてそいつと同じくらい僕も強いんじゃないかと思う。
もしかして僕って強い?って奴だけれど、まぁそんなことはないんじゃないかと思っている。
世界最強のセミだという自覚はあるけれどこの世界で最強だとは思っていない。
花モグラさんがいる限り、僕が奢ることはない。
「でもその辺の野盗まがいの奴らに負けるつもりはないけれどね」
大きな木についた僕はそのまま羽をはばたかせ、上側にある枝に登った。
そして人化し、銃を出す。
「さーて、敵はこの辺りにいるのかな?」
スコープを覗きながら周辺の状況を確認していると、薄手の同じローブを着た男たちが固まって何やら話をしていた。
めっちゃ怪しいんだけど⋯⋯。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます