第31話:引力

 ソラナの護衛を引き受けた僕は大きな木に登って周囲の状況を探っていた。

 人の姿で銃を取り出し、スコープを覗くと森の中の離れた位置に同じ格好をした怪しい集団を発見した。


 奴らは暗い鼠色をしたローブのようなものを羽織っている。

 ところどころがほつれていて汚れているけれど、遠目にもそれが悪くない素材でできているのが分かった。

 良く見るとローブと同じ色で菱形の刺繍が何個もされているけれど、なんの模様だろうか。


 奴らは何者だろうか。

 野盗に見えなくもないけれど、ローブをきていることから魔術師のような気もしてくる。

 短絡的だけれど、奴らがソラナを襲った犯人だろうか。

 この世界の魔法使いもこういう格好をしているのかな?


 敵の数は六だ。

 一人の男の話を他の五人が聞いているように見える。

 中心にいる男は金色の髪を刈り上げていて、話す仕草から自信に満ち溢れているのが分かる。

 体もいかついし、多分あいつがリーダーだろう。


「さて、どうしようかなぁ⋯⋯」


 人相が悪いので、彼らと接触するのは良くない気がするけれど、ああ見えてめっちゃ善人ということもあり得る。

 もし彼らがこの辺りの警護隊とかだったら僕らは一気に安全になるし、この世界のことを知らない僕が判断するのは良くなさそうだ。


「戻ってソラナに報告しようかな?」


 そう思ったけれど、ちょっと情報が薄すぎてソラナも判断に困るかもしれない。

 ローブを羽織った怪しい男が六人いたんだけど、どうする?と言われても普通は分からないだろう。


 となると、もっと正確な情報を集めるしかない。

 僕は人化を解いてセミの姿に戻った。

 そして極力羽音が立たないようにしながらゆっくりと奴らの方へ近づいていった。


 意外と距離があったので最初から慎重に飛ぶ必要がなかったと気づいたのは後からだった。





「——あの女はどこにもいないのか?」


 こっそり近づいて奴らのそばにある木の裏側に僕はとまった。

 金髪リーダーが強めの口調で部下達に話を聞いている。


「はい⋯⋯どこにもおりません。そう遠くへは行ってないはずなのですが、見つからないのです」

「もしかしたら『女神の楽園』の方に逃げたのかもしれません」

「だとしたらまずいな。今年は災厄の年だ。これ以上近づくとあの気色の悪いセミがいつやってくるか分からんぞ」


 奴らは女を探しているようだった。

 おそらくソラナのことだろうけれど、もう少し情報が欲しい。

 僕はセミらしく振る舞うために仕方がなく樹液に近づき、その芳醇な風味を味わった。


「ここまで来てあの女を取り逃がす訳にはいかん。こうなったら足跡でもなんでも良いから痕跡を見つけて小娘を捕縛するのだ。私も協力する」

「「ははっ」」

「乗合馬車の方にも何か手がかりがあるかもしれん。二手に分かれて情報を集めることにしようか。作戦は——」


 リーダーの奴の話を聞いて、他の人が右手を挙げて返事をした。

 指先が頭についていて手の角度が違うけれど、敬礼のような仕草に見える。


 こいつらがソラナを襲った犯人で間違いないだろう。

 まぁ、違ったとしても人を捕縛するとか言っている物騒な奴らが僕たちの味方をしてくれるとは思わないので、問題ないと思う。


 僕は美味しい樹液に泣く泣く別れを告げ、さっき登っていた大木の枝に戻ることにした。




 戻った僕は人化し、再度スコープで奴らを見た。

 まだ話をしているのか状況は変わっていない。ちょうど射線も通っている。


 魔力を込めると弾が充填されるので引き金に指をかける。

 リーダーと思われる男の足に照準を合わせ、大きく息を吸い込む。

 リーダーが足を怪我したら撤退するのではないかと言う目算だ。


 人を撃つのは初めてなので、どことなく体の動きがぎこちないように感じてしまう。

 息を吐いてからもう一度吸い、僕は息を止めた。


 バァン!!!


 引き金を引いた瞬間、セミ弾の僕が打ち出される。

 リーダーと思われる男の足に向かってまっすぐ僕は進んでいく。

 体を硬化させ、いざ突撃だと思った瞬間、自分の体がぐんと上方に引き付けられた。


「えっ?」


 気がつくと僕の目の前にあったのは男の胸だった。

 強化された僕の頭は彼の肋骨を破り、その奥にあった心臓を突き破った。


 一瞬だけ生暖かい感触が生じ、血が体に付着する感覚が芽生える。

 超速で動いているのですぐに血は払われてしまったけれど、その生々しい感触が命を奪ったという実感を強調する。


 地面に突き刺さった僕は即座に意識の主導を人に切り替えた。

 狙撃が成功したことでとてつもない快感が発生する。


 強烈な達成感に僕は叫び出したい気持ちだったけれど、ここで騒いでは全てが台無しになるため必死で堪えた。

 同時に腹のあたりに存在する魔力が渦巻き、これまで以上の存在感を放っている。

 

「もしかして狙撃が成功したことで魔力が増した?」


 疑問に思いながらも、スコープ越しに奴らの動きを見続けている。

 僕がリーダーの心臓を貫いたことで彼は崩れ落ちた。

 周りの男達はその様子を見て周囲を見回したけれどすぐに恐慌状態に陥り、二番目に強そうだった男が何か言うと、リーダーの死体を持ってどこかに歩き出した。

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