第29話:十八歳を超えると何だか嬉しいよね?

 不幸に見舞われたソラナの話に胸を打たれた僕は、彼女の熱意に押されて仕方がなくアービラの街までの護衛を引き受けることにした。


 話を聞いた中でいくつか気になることがあったけれど、ひとまずは移動を開始した方が良いということでソラナの示す方に向かって僕らは歩き出した。


「ちなみにお聞きしたいのですがケイダさんって何歳ですか? 私とそう変わらない歳に見えますけれど記憶はありますか?」


「残念だけど自分が何歳かも分からないんだよね。何歳に見える?」


「うーん。十九歳くらいですかね?」


「じゃあ、それでいっか!」


 いやそんなに簡単で良いのか?と思うかもしれないけれど、これで良いんじゃないかと思う。だって大した違いがないし。

 そんなことよりも今の自分がどんな顔をしているのかの方が気になってきた。

 自分で見る限り体はそれなりに引き締まっているし、ソラナと比べると背も高いからそれなりの見た目なんじゃないかと思う。


 もしかしたらすごく気色の悪い顔をしているけど変わり者のソラナだから普通に接してくれている可能性もあるが、良く分からない。

 街に入ったら鏡で顔を確かめてみたいものである。


 ちなみに髪の毛の色は焦茶色だった。

 何本か抜いてみて確かめたから間違いない。

 躊躇わずに抜いてしまったけれど、後々その何本かを惜しく思うような状態にならないことを願っている。


「さっき気になってんですけど『女神の楽園』とか『災厄の年』ってなんのことですか?」


「あぁ⋯⋯そのご記憶も無くなっているのですね。『女神の楽園』とはこの先にある森の名前で、太古の時代に女神様がおつくりになった場所だと言われております。葉についているような虫でも人を殺せるほどの力を持っていて、最奥には神樹と呼ばれる大木が生えているそうですね」


 ⋯⋯なんか心当たりのある話のような気がしてきた。

 僕(19歳)は年相応に首を傾げてソラナの話を真剣に聞く。


「何百年も前に『女神の楽園』を攻略したという英雄の伝説が残っていまして、神樹のそばには祠があって、そこで女神様がどんな願いでも叶えてくれると伝えられているのです」


 もしかしてその神様って話が若干通じなかったりしない?

 いやまぁ僕の伝え方も悪かったんだけどさ⋯⋯。


「『災厄の年』というのは十九年に一度起こる魔物の大発生です。十九番目の死神デスナインティーンと呼ばれるセミの魔物が夥しいほどに産まれて森を荒らすため、周辺から魔物や獣がいなくなるのです」


 あぁ⋯⋯間違いない。その森は完全に僕の故郷です。

 というかその恥ずかしい名前のセミが僕の正体です。

 となるともしかして僕ってソラナの言ったとおり十九歳なのかもしれない。


 ってかあの森って『女神の楽園』って名前だったのか。

 確かにある意味楽園みたいな部分もあったからね。

 大樹の樹液とかこの世のものとは思えないほど美味しかったけれど神の樹だったら仕方がない、のかな。


「襲撃にあったあと、私は女神の楽園の方に逃げました。今年一年はそっちの方にいる魔物がかなり少ないことを知っていたので、一人でもなんとか生きられるかもしれないと思ったのです。必要以上に近づかなければ基本的には死神に襲われることはないはずなので⋯⋯」


「なるほど。だから周辺に生き物の気配があんまりないんですね」


「はい。基本的に死神は遠くには来ないのですが、稀に獲物がいなくなると森から離れることもあるので、たいていの生き物は大きく移動してしまいます。それに死神は人よりは動物の方が好きなようですから、少しの間だったら身を隠せるかと思い、この辺りに来たんです」


「ちなみにそのセミの魔物ってどれぐらいでいなくなるんですか? すぐいなくなるんだったら身を潜めるだけで良いような気がするんですけれど⋯⋯」


 僕はソラナの話を聞いて疑問に思ったことを質問することにした。

 だって『災厄の』って言葉がどうしても気になっちゃったから。


十九番目の死神デスナインティーンの寿命は約一年と言われています。彼らが息絶えると荒廃した森だけが残りますが、一部の魔物や神樹は生きていますのでまたすぐに復活するんです」


「あ、そうなんですか⋯⋯」


 あれだけ焦って活動していたけれど、どうやら僕には一年くらいの寿命があったらしい。

 だったら教えてくれよ。

 というかあいつら一年間もあんなにけたたましい音を立てながら生き続けるの?

 どれだけエネルギーを溜め込んだらそんなことができるのか知りたいよ。


 そこかしこで番のセミたちが競うように交尾しているから、やっぱり残された命が少ないと思っていたんだけれど、もしかしてあの勢いが一年間続くの?

 さぞ多くの子供が産まれると思うけれど、そうでもしないと種を維持できないのだろうか。


 実は悔しいから僕はずっと目を背けていたんだ。

 周りがカップルだらけの集団の中に独り身の僕だけが取り残されているみたいだったからさ。

 まぁチャンスがなかったわけじゃないんだけれど、僕のところに集まってくるのは頭のおかしそうなメスしかいなかったから避けるしかなかったんだ。


 僕がモテなかったわけじゃなくて、相応しい相手がいなかったんだ。

 自分にそう言い訳するけれど、敗北感を払拭することはできなさそうだった。

 むしろあの時の気持ちが思い浮かんできて少し涙が出ているような気がしてきた。


「ケイダさん⋯⋯どうかしましたか?」


「目に汗が入っちゃってね⋯⋯」


 心配そうな顔のソラナが僕を覗き込んでくる。

 嘘言っちゃってごめんね。

 でも、セミにもなっても女性と仲良くなる勇気が出なかったんだと思うと惨めな気持ちになっちゃったんだよ。

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