ソラナとの出会い

第25話:ここは楽園

 神様にもらった能力で結局花モグラに挑んだ僕は、破壊光線みたいな攻撃を見せられてチビってしまった。


 あんな技を持っている魔物が地中を巡回していると思うと夜も眠れなくなりそうだったので、僕は生まれ育った森を出ることにした。


 森の外はサバンナに似ていて、遠く離れたところに別の森が見えたので僕はそこを目指すことにした。


 さっき夜も眠れないなんて言葉を使ったけれど、神様に力をもらってから僕は睡眠をとるようになった。


 その前までは明確に眠るっていう感覚はなくて、なんとなく脳が鈍ってじっとしている時間がたくさんあった感じなんだけれど、いまでは明確に睡眠を取る必要があるみたいだった。


 これも長生きできるようになる秘訣なんだろうか。

 とは言ってもいまのところは人のように七時間も八時間も眠っている感覚はなくて、日の長さ的に三、四時間なのではないかと思っている。


 なんでこんな話をしているのかと言うと、日が暮れてきているからだ。

 太陽はかげりを見せ、水平線の彼方に沈もうとしている。


 サバンナって夕日が似合うイメージだからキリンとかシマウマとかゾウがいたら良いと思うんだけれど、不思議なことに何の動物もいない。

 これまで結構歩いてきたはずなんだけれど、小動物や小鳥でさえもいる気配がない。


 花モグラさんから逃げるために魔力を使い切ってしまったので高速移動を使うことはできない。

 魔力は少しずつ回復はしてきているのだけれど、どんな魔物に襲われるか分からないのでとっておく必要があるだろう。


 故郷の森を出た時には隣の森が結構近くにあるように思ったんだけれど、障害物がないせいか想像以上に遠かった。

 あと人化してからの活動が浅いせいか少し歩き方がぎこちないように思う。

 疲労感はまだそんなにないから体力の問題は何とかなるけれど、睡眠についてはどうにかしないといけない。


「お腹も減ってきたなぁ⋯⋯」


 僕はうだうだ不満を言いながら歩き、やっとのことで目的の森に着いた。





 森に着いた僕はとにかく樹液が欲しかったのでセミの姿に戻り、辺りを徘徊した。

 だいぶ暗くなってきたけれど、この体は目が良いので活動にはあまり支障がない。


 少し探索を続けると何だか甘い匂いが漂ってきたので僕はそちらに強く惹きつけられた。

 そして、まるで血を流すかのように樹液を垂らす木を見つけた。


「なんだこれ! はちみつがそのまま流れてくる木みたい」


 大量の樹液を前に僕はたまらなくなった。

 粘土の高い液のかたまりに飛びつき、ちゅーちゅーとそれを吸った。


 うむ。なかなか⋯⋯。

 ちょっと薄いけれどコクがあって食べ応えがある。60点!

 故郷の森にあった大樹と比べると見劣りするけれど、なかなか美味しい樹液を出す木のようだった。


 いまは特徴が掴みにくいけれど、明るくなったらよく観察して覚えておこうと思う。

 多分人間になったら食事できると思うけれど、嗜好品として樹液を舐めるのも続けていきたいと思う。


 心ゆくまで樹液を堪能した後、僕は近くの木に樹洞(ウロ)があることに気がついた。

 まぁセミが入れるくらいの大きさなので大したものではないのだけれど、奥まで続いていて寝るのにちょうど良さそうだった。


「よーし。ちょっと早いけれど、今日はここまでにしよっかな。魔力を限界まで使って久しぶりに疲れたからね」


 僕はお尻から樹洞にはいって後ろ歩きするというセミにしては名人レベルの技能を見せて空間にすっぽりおさまった。


 木の中は思いのほか温かみがあって、心地が良い。

 穴は適度に狭くて落ち着く。

 ちょっと圧迫感があった方が安心するのって僕だけなのかな?


 あぁ、僕はあそこを出たんだなぁ⋯⋯。

 白ムクドリは元気にやってるかなぁ。


 そんなことを考えているうちにいつのまにか僕は眠ってしまった。





 目を覚ました僕はゆっくりと樹洞から這い出た。

 寝起きなので頭はあまりよく回っていない。


 外に顔を出すと、いつのまにか日が出ている。

 明るいことに気がついてかなり驚いた。


 眠ったのは夜になってすぐだったのにもう朝だ。

 全然眠りが必要ないと思っていたはずなのにどう考えても爆睡してしまっている。


 もしかしたら魔力を使い果たしたのが関係しているのかもしれないけれど、それにしても寝過ぎだった。十時間以上樹洞ですやすやと眠っていたかもしれない。


 寝過ぎちゃったなぁと思ったけれど、別に咎められる理由もないのだし、これからも寝たいだけ眠れば良いやぁと思った。


 僕はボフンと人化して背伸びをした。

 うわぁ、背伸びってこんなに気持ちいいっけ?


 朝起きてよく寝たなぁと思う今がこれまでで一番生きているという気がするかもしれない。

 単純なことなんだけれど病気になると気持ちの良い朝なんて全くないんだよね。

 眠れなかった朝かだるい昼しか記憶にないから今を嬉しく思うのかもね。


「お腹減ってきたなぁ⋯⋯」


 さんざん寝たからかお腹も減ってきているようだ。

 本当は魔物を狩って食べたり、植物を採取したりするのが異世界転生っぽいんだろうけれど、僕には好物がある。


 昨日セミの姿で樹液を貪った木を改めて見る。

 それは歩きながらそこかしこで見た木だった。

 サバンナに生えているキリンが近くにいそうな木と言ったら分かるだろうか。


「これ、樹液出すんだ⋯⋯」


 僕はごくんと唾を飲み込んだ。

 樹液は正直セミの姿になった方が美味しい。

 だけど繊細な味覚を持っているのは人の姿の方なのだ。


 僕は目の前の木に抱きついて、黄色く固まった樹液をぺろりと舐めてみた。


「うまいじゃん⋯⋯」


 砂糖を知っている僕からしたら甘味は強くない。

 でも淡白な風味の奥にはもったりとしたコクが潜んでいて、あとからくる渋みが再度舐めろと僕を駆り立てる。

 おかげで僕は何度も樹液を舐めさせられるハメに陥ってしまった。


 ある程度舐め切った後、横を見るとそこには同じ木が生えていて、木に付けられた傷からこれまた綺麗な樹液を染み出させている。


 その横にもその横にも同じ木があり、どれからも樹液が取れると思うと僕はハッピーな気持ちになった。


「ここは楽園だぁー!!!」


「⋯⋯」


 僕は手をぱたぱたさせて羽で飛んでいるフリをしながら木に飛びついた。

 そしてまるでセミのように木に抱きつき、樹液を舐める。

 ある程度舐めたらまた飛びつくということを繰り返す。


 かなりテンションが高くなっているけれど、別に樹液に変な成分が含まれているわけじゃない。と思う。

 なんだか自由になったという感覚が嬉しくてたまらないのだ。


 そんな風に森を飛び回りながら樹液を舐めまわしていると、僕はふと視線を感じた。

 いやいや、こんなところに人なんかいないって⋯⋯。


 少しだけ冷静になって周りを見ると金髪少女が離れたところに立っていて、涙目でこちらの様子を伺っていた。


「ち、違うんです⋯⋯」


 僕の異世界最初の会話は弁解から始まった。

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