第24話:『バイバイ』
花モグラにまたちょっかいを出したら遠距離から極太レーザービームを発射されて、死の恐怖を感じた。
花モグラの顔をみると朗らかな表情をしているように見えるので、あの技は僕に当てる気がなかったんじゃないかとすら覚えてくる。
神様ばりに意訳すると『お前もこれぐらいできるようになってみろ』と挑発されているような感じがする。
いや、この場合は激励だろうか。
根拠はないんだけれど、花モグラの気持ちが伝わってくるような気がする。
それは厳しい先輩が後輩に力を見せてくれたような感じなんじゃないかと思う。
その心意気自体は称賛するべきものなのかもしれないけれど、僕はやりすぎだと思う。
意図はどうあれ、死を凝縮して光らせたみたいなビームを見た僕は完全に縮み上がってしまった。
なんなら違うビームが下の方から出てしまっている。
数秒間だけフリーズした後、僕は即座に後ろを向いてセミ弾を充填し、花モグラがいる方向とは反対側に発砲した。
ビームのおかげで木々は倒れ、地面は削れているので見晴らしが良い。
「逃げろおおおおお!!!!」
あんなの相手にしていられない。
ライオンと遊ぶようなもので、相手にとってはじゃれているつもりでもこちらは簡単に死んでしまう。
弾丸になった僕はできるだけ早く遠く離れようとお尻から魔力を放出している。
そして速度が落ちてきたと感じたらすぐに人側の体を消そうと念じていた。
だけどなぜだか僕は薄く残っている人側の感覚に集中し、体を動かして、スコープ越しに花モグラの姿を見てしまった。
奴は何ともかわいらしい腕をあげてフリフリと振っていた。
それはまるで僕に『バイバイ』と言っているようであった。
◆
恐ろしい攻撃を目の当たりにして完全にビビってしまった僕は、そのまま人化と狙撃を繰り返して瞬間的に移動していた。
弾を撃って意識の主導をセミにすることで狙撃した分の距離を移動できる。
花モグラはなぜだか僕に友好的な様子を見せていたけれど、あんな力を持つ奴が地中にいると思うと心が休まらない気がした。
いままでナメた口を聞いていてすいませんでしたと心の中で花モグラに平謝りしながら、僕はこの森から出る決意を固めた。
今まではセミだったし、命も短いと思っていたので森で生涯を終えると思っていのだけれど、せっかく神様に長い命をもらったので外の世界に出たいと思う。
しかも人化の力があるので、街に入ることもできるようになるだろう。
この前、樹液を舐めた時にはちゃんと甘い味がしたからご飯も食べられると思う。
おしっこも出たし、もしかしたら身体機能はそこまで本物の人間と変わらないのかもしれない。
となるとせっかく異世界に来たのだから色々経験してみたいという気持ちが出てくる。
前世ではテレビで見た場所に行きたいとよく思っていたのだけれど無理だったので、今世では心ゆくまで楽しんでみたい。
狙撃を利用した移動を繰り返し、魔力が尽きそうに感じているとき、森の終わりが見えてきた。
「もう少しで外の世界だ!」
移動を繰り返しているから分かっているんだけれど、この森は本当にセミでいっぱいだった。
黒い体に黄金の目を持ったセミだ。
彼らはいっつも木に群がっている。
枯死しそうな木も頻繁に見る。
僕が羽化してからそれなりに日が経つはずだから木も耐えられなかったんじゃないかと思う。
「本当に死んでるセミを見ないなぁ」
寿命が来たらバタバタ落ちていくはずだけど、そういう様子はまだ見れなかった。
一週間の命だと思って必死に生きていたけれど、急ぎすぎたみたいだった。
まぁ人と同じくらいは生きられるみたいだからこれからはゆっくり生きようかな。
そんな事を考えているうちに森が終わり、一気に視界が開けた。
「おー、外はこんな風になっていたんだな!」
目の前には大きな空が広がり、低木がまばらに存在している。
草もよく生えていてサバンナみたいだ。
人の僕は銃を持ってスコープを覗いた。
肉眼で見える範囲には低木しかなかったけれど、離れたところに木が生い茂る森がありそうだ。
どこに向かえば良いのかは分からないけれど、樹液さえ飲めれば生きていけるのでまずは木がある場所に向かってゆっくり歩いていくことにした。
僕の出発点はセミが蔓延る花モグラさんの森だった。
これから踏み出す一歩一歩が全て僕の糧になる。
そう思うと自然と楽しい気持ちになった。
浮かれた僕は誰もいない事を確認してから大声を上げた。
「今世ではどうかモテますように!」
これはセミになった僕が歩き出す物語でもあるみたいだ。
長年に渡って停滞していた僕の人生はやっと動き始めた。
⋯⋯花モグラさんにビームを打たれたときにちびってしまったんだけれど、一度人化を解いたときにきれいさっぱりなくなったようだった。
正直ホッとした。
ちょっと格好つけた気持ちで外に出ようとしているのに股間が濡れていたら切ないからね。
まさに水をかけられたような気分になるところだったよ。
自分から出た水だけどね⋯⋯。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます