第23話:ズルだよ

 狙撃の魅力に取り憑かれて毎日敵を倒しているうちにかなり技術が高まってきた。

 そんな実感が芽生えてきた頃、ものすごいスピードで地中を移動する生物がいるのを僕は見つけた。


 あれは花モグラに違いないと確信した僕は、今こそあいつを倒そうと狙撃をすることに決めた。


「いや、ちょっと待てよ⋯⋯。この流れって何度も失敗している奴じゃない?」


 セミ弾を込めようとした時に僕はこれまでの流れを思い出した。


 今まであの花モグラを甘く見て何度失敗してきただろうか。

 幸い痛い目にはあっていないけれど、次にはどうなるか分からない。


 じゃあ、撃つのを止めるのが良いだろうか。

 そんな風にも思ってしまうけれど、僕は撃ちたくて仕方がなかった。


 正直なところ、倒せるかは分からない。

 あのふわっとした毛の衝撃吸収能は格別で、僕とは相性が悪い気がしている。

 それでも僕が奴に攻撃を仕掛けたいのは自分の成長を知りたいからだ。


 幼虫だった頃の僕では戦いにすらならなかった。奴にとってはイタズラ程度にしか思われていなかった気がする。


 それから僕は成虫になり、かなり強くなった。

 白ムクドリとの死闘を制し、神様から能力を貰うことができた。


「⋯⋯力を試したい」


 そんな言葉が口をついて出てきた。

 自分がそんな風に思うようになっているんだって気づいてなんだか笑えてしまった。


 セミになった僕は、人だった時よりも何倍も強く生きている。

 なんのために生きているのか分からない毎日を過ごして、ゆっくりと死に向かうだけだったあの頃から僕は変わったんだ。


 僕は再び銃を持ち、魔力を込めてセミ弾を生成する。

 スコープを覗き、花モグラがいると思われる地点に狙いを定めた。


「外れてもこれだけ距離があれば大丈夫。弾を消して戻れば良いしね」


 敵は動いているのでちょっと先に的を絞り、引き金を引いた。

 その瞬間セミ弾に僕の意識は移り、高速で移動する感覚が発生する。


 発砲と同時に地中から何かが顔を出したのが見える。

 あの特徴的な鼻は奴だ。花モグラだ。

 理解を超えた速さで進んでいるのに奴とばっちり目が合う。


 速く動いているはずだけれど、世界がコマ送りのように進んでいるような感覚が発生する。

 ねばっこく進む時の中で僕は何もすることはできない。

 ただ花モグラと目が合うだけだ。


 奴の顔をよく見ると少し微笑んでいるようだ。

 ただ優しく笑っているだけで、そこには狂気も嘲りもない。

 このモグラってこんな表情を持っている奴だったっけ?

 感情すらあるようには思っていなかったけれど、僕をじっとみて優しい目を向けている。


 もう少しで奴に攻撃が当たる。

 そう思ったとき、花モグラは予想外の行動をとった。

 愚鈍そうな体を目一杯に動かして流麗に横に移動したのだ。


 その動きはスナイパーライフルから放たれたセミ弾よりも明らかに速かった。

 こんなコマ送りの世界に引き込まれていなかったらきっと見えてすらいなかっただろう。


 花モグラに避けられた僕は必死に羽を動かして軌道を変えようと思ったけれど、空気の粘性にとらわれて自由に動くことはできなかった。

 余計な動きをしたことでバランスを崩し、僕は体軸を中心にぐるぐる回り出してしまった。

 目が回りそうだったけれど、軌道はなぜか安定した気がしたように思った。

 でもそれは一瞬で、僕はモグラがさっきまでいた場所にまっすぐに突き刺さり、地中にめり込んだ。


「早く戻れ!」


 人の僕はスコープを覗きながら叫んでいた。

 意識の主導はセミの方にあったけれど、あまりに花モグラが衝撃的な動きを見せていたので目に焼きついている。

 スコープの中のモグラはセミ弾を避けた後、空中でくるっと体を翻し、着弾した場所に潜り込んだのだ。


 僕は狙われていると思い、すぐに弾を消して意識の主導権を人の方に戻した。

 セミ側の意識は消えて、クリアな意識が人側に戻ってくる。

 助かった。もう少し遅かったら危なかったかもしれない。

 僕はホッと息を吐いた。


 だけどその瞬間スコープの中の花モグラがこちらをまっすぐ見て、また微笑んだ。

 その顔は不敵で自信に満ち溢れているようだった。


 そして奴の額にある星形の模様がキラッと光ったと思ったら、莫大な量の魔力が奴の鼻に集まり出した。

 かなりの距離が空いているはずなのに魔力を感じるのは異常だ。


 森全体が振動し、大量発生しているセミたちが一斉に飛び立つのがわかる。

 僕はそんな様子をただ見ていることしかできなかった。

 あまりにも早く時間が過ぎていくような感じもあったし、反対にいつまで経っても時間が進まないような気もしていた。


 時の狭間にいるような感覚に戸惑いながらも僕は花モグラから目が離せなかった。

 お腹の辺りに温かい感覚が発生して、疼くような脈動を感じる。

 今は花モグラの足元にも及ばない力だけれどいつか追いつける。

 そんな根拠のない確信が芽生えてくる。


 僕がそう思ったことが伝わったのか花モグラは『キュキュー』と高らかな笑い声をあげて、集めた破壊の力を解放した。


 ぎゅーん!!!


 そんな音と共に花モグラから極太のビームが放たれる。

 僕だったら破壊光線と名付けるだろうけれど、技の名前は分からない。


 慈悲のかけらもないその光線は反則的なスピードで人の僕の数メートル横を走り、すぐに消えてしまった。

 光が通ったあとを振り返って見てみると、そこには何もなく木々には丸い穴が空いていた。


 僕は人化して初めておしっこを漏らした。

 セミの時には何も感じていなかったけれど、それはちょっと温かかった。

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