第22話:人に見えてもセミはセミ

 魔物を狙撃すると、なんと僕が発射された。

 弾となった僕は敵を貫いたけれど、突然のことだったので混乱状態に陥ってしまった。

 しかし、混乱の最中で自分の初めての狙撃が成功したことに気づき、喜びが爆発した。


 ひとしきり喜んだあと、少しずつ落ち着いてきたので先ほどの現象を振り返っていた。

 まず、引き金を弾いた瞬間、銃から飛び出したのは僕で間違いない。

 いまではあれがセミ状態の時の自分だと分かる。つまり本体の方だ。


 あの時はあまりの衝撃にセミの視点で頭が埋め尽くされてしまったが、人の方の意識も残っていた。

 一つのディスプレイに二つの景色が出力されていて、セミ側の映像の方がちょっと大きめに表示されていると表現すればよいだろうか。

 だからちょっとおぼろげだけれど銃身から発射された弾がカモシカに命中する様子をスコープ越しに見ていた記憶も残っている。


 そして敵に弾が当たった後、意識の主導をセミ側にするか人側にするか選択することができた。

 あの時は人側を選択することでセミは消え、意識の主導が人の方に戻ってきた。

 気分は瞬間移動だった。

 あの時、セミ側を選んだらどうなっていたんだろうか。




 僕は再び人化して銃を取り出した。

 そして魔力を使って弾を装填する。中は見えないんだけれど、このときにセミが込められているのだと思うとちょっと笑ってしまう。


 さっきは撃ち下ろすような軌道だったので今度は空の方に撃ってみることにする。

 僕はスコープも見ずに引き金を引いた。


 バァン!


 銃声と共にセミの視点が生まれる。

 自分がすごい勢いで空に向かって直進しているのが分かる。

 その様子を下から観察している人の僕も確かに存在する。


 セミ弾は一瞬で雲を突き抜け、次第に速度を落としていった。

 意識をしっかり持つとそのまま羽を出して、飛ぶことができる。

 そしてさっきと同じようにセミ側か人側のどちらかを選ばなければならない気持ちになる。


 今回はセミ側を選ぶつもりだけれど、選ばないままでいられないか少し堪えてみた。

 十数秒は耐えられたのだけれど、早くしないと大変なことになるという謎の衝動が現れてきて僕はセミの方を選ばざるを得なくなった。


「セミにします!」


 すると人側の意識が消え、いつもと同じようにセミとして空を駆けられるようになった。


 すげぇ。

 目測で一キロくらいは離れていたと思うんだけれど、一瞬で移動することができてしまった。

 これを繰り返せば高速移動が実現できる。

 まぁ人化するのに結構魔力が必要なので限界はあるだろうけれど、緊急時には役立つかもしれない。


 それと冷静な状態で狙撃をしたからか僕は凄まじいことに気がついてしまった。

 それは、弾として移動しながらも体の自由がききそうだと言うことだ。

 いまは速すぎてできる気がしないが、練習して慣れてきたらちょっと軌道を変えたり、むしろ加速したりするような調整が可能になるかもしれない。


「スナイパーの弾丸自身が意志を持って向かってくるのって怖すぎない?」


 これは革命的な能力なのではないだろうか。

 まっすぐ撃って当てられるような技能も育てていきたいが、高速移動を習得すれば事実上無敵のスナイパーが出来上がる。


 僕はさっきカモシカへの狙撃が成功した時の快感を思い出していた。

 ゲームでも遠距離から敵に命中させると不思議な高揚感に包まれて興奮したものだったけれど、さっきの手応えは格別だった。


 セミとしてカモシカの体内を突き抜けるというグロテスクな目にあったはずなのに全く気にならなかった。

 むしろあの生暖かい感じがちょっとクセになってしまうような気さえしてくる。


 硬化していたのも良かったのかもしれない。

 潰れたら怖いので柔らかいものから試していこうと思うけれど、狙撃するときには基本的に体を硬くしていた方が方が良いだろう。


 神様は良い能力をくれた。そう思えてならない。

 まさか自分自身が敵を撃ち抜くことになるとは思っていなかったけれど、さっき言った通り、それがむしろ利点になりそうだ。


「そういえば、この力ってセミの状態で使ったらどうなんだろう」


 人の時に使うとスナイパーライフルみたいなのが出てセミを発射できるのは分かった。

 この力は人にならないと使えないんだろうか。


 僕はセミの状態のまま、狙撃の能力を使おうと念じた。

 すると視界に突然スコープについていたのと同じ照準が出現し、ちょっとだけ目が良くなった。


「あぁ、この状態でも使えるんだな」


 適当に狙いをつけて能力を使おうとすると魔力がお尻の方に集まっていく感覚があった。

 だんだんと魔力が凝縮し、力が溜められていく。

 長く待つのはまずいと思った僕は集中した魔力を解き放った。


 バン!


 発砲音が鳴り、お尻からロケットのように魔力が噴射された。

 推進力を得た僕は羽をはばたかせ、すいーっと空を泳いだ。


 どうやらセミ状態のときは魔力を使ったチャージ攻撃のようなことができるみたいだ。

 魔力の上限があるのかは分からないけれど、こちらの方が出が早そうだ。

 今の一瞬で数十メートルは進む力があったので狙撃というには足りない気がする。

 こちらはオマケ能力かもしれないが、使う場面はありそうだ。





 それから僕は大樹に戻り、高いところから魔物を狙撃しまくった。

 敵に命中するたびに僕は強い達成感を得た。

 外してしまうこともあったけれど、次はもっとうまくやろうと前向きに練習することができた。

 おかげでほんの少しずつではあるけれど、発射直後に体を動かして弾の軌道を変えることができるようになってきている。


 相変わらず大樹の樹液に舌鼓を打ちながら、僕は狙撃にのめり込んで行った。

 何日も何日も暇さえあれば魔物を撃ち抜いた。

 敵を倒すたびに魔力の濃度も増し、狙撃の腕も上がっていった。


 そしてある日、スコープを覗くと土を盛り上げながら移動している魔物がいることに気がついた。


「なんだ⋯⋯やっぱり生きていたんだね」


 いまなら余裕で倒せるようになっているはずだ。

 あの花モグラとかいう奴も。

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