第21話:僕はスナイパーだ!

 神様から貰った能力を少し試して祠から出たら、なんか白ムクドリが友好的になっていた。

 モフモフであったかい羽に包まれて故郷に帰ってきたような温もりを感じたセミ状態の僕は涙が出そうだった。お腹がぽかぽかする。


 しばらく羽の柔らかさを堪能した後で『じじ』と鳴くと白ムクドリは翼を広げて僕を見た。


『ちゅっぴぃ』


 頑張れよと言われた気がして目頭が熱くなった。目頭ないけれど。


 訳がわからないまま僕は羽を動かして飛び立った。

 振り返って見ると白ムクドリさんが片方の翼をあげてバイバイしてくれているのが分かった。


 照れ臭かったけれど『きゅっきゅっ』と鳴くと奴は強く翼を振って応えてくれた。





 大樹に戻ってきた僕はセミの姿で木の上の方の枝に乗ってから人になった。

 太い枝を選んだので荷重は問題なかったし、枝に跨った状態を想像して変身したらその通りになった。


 そして改めて銃を出す。

 長さがあるので持ちにくいけれど、実際の銃より軽いんじゃないかと思う。

 前世の狙撃用の銃だったら片手で軽々と持つなんてできないはずだから未知の材質で出来ているのかもしれない。


 高いところからこの森を見渡す。

 目を凝らすとかなり遠くにある木の葉っぱの様子まで目に入ってくる。

 なんかめっちゃ目が良くなっているんじゃないかな⋯⋯?


 今度は銃についているスコープ越しに景色を見てみる。

 するとちょうどカモシカみたいな魔物がセミたちに血を吸われている様子が見えた。

 スコープから目を外すとぼやけてよく分からない。

 当然だけれど肉眼とは比べ物にならないほど遠くの様子が見えるみたいだ。


 せっかくだからと僕はそのカモシカを狙撃してみることにした。

 これが僕のスナイパーとしての第一歩だと考えると気分が高揚してくる。


 当たっちゃったらどうしよう! 

 ⋯⋯まぁ、無理だろうとは思っている。ここは銃を固定すらできない場所だし。


 銃身に触れてみると魔力が吸われた。

 ちょっとだけ銃の重みが増し、弾が装填されたように思う。

 弾の形状を見てみたいけれど、銃身は閉じられていて中を見ることはできない。

 マガジンもないし、魔力で作った弾を撃つのだと考えて良さそうだ。


 引き金に指をかけ、再度スコープを覗く。

 初心者の癖に枝に跨りながら銃を持っているので、おかしな体制になってしまう。

 きっと実戦的じゃないんだろうけれど、まぁ良いよね。


 スコープの中のカモシカは地面でのたうちまわりながらセミたちをはがそうともがいている。

 激しく動いているので当てるのは難しそうだ。

 感覚的には一キロ以上離れていそうなのであそこまで弾丸が届くのかをまず確認しよう。


 僕はゆっくりと息を吐き、一応念入りにカモシカに照準を合わせる。

 脇や手にじっとりと汗が出てきているのが分かる。


 これが記念すべき第一射となる⋯⋯。

 そう考えると当たらないと分かってはいてもしっかり狙いたい気持ちになってしまう。


 息を止め、体と腕でできるだけ銃を固定する。

 そしてカモシカの動きがほんの少しだけ鈍ったときに僕は引き金を弾いた。


 バァン!


 発砲した瞬間、なぜか僕は空中をものすごい速さで移動していた。

 体に風を感じるのだけれどブレることなくまっすぐ進んでいるのが分かる。

 そして気がつくと目線の先には黒い壁が迫っていた。


 激突する。

 そう思った僕は反射的に身をすくめ、硬化の力を使った。

 あまりにも怖くて目をつぶりたかったのだけれど何度目をつぶろうとしても視界はクリアなままだ。


「ぎゃああああああ!!!!!」


 声にならない叫びが心の中で響き渡る。

 これは痛いぞ!と直感し、非常事態だと頭は認識している。

 だけどいざ黒い壁と接触すると、予想外にそれは柔らかかった。

 一瞬だけ温かさを感じたと思ったら僕は壁を通り抜けた。


 なーんだ。大丈夫じゃん。

 そう思った矢先に僕は地面に激突した。


「痛ってえええええ!!!! ってこっちもなんともないじゃん」


 めり込んで地中に潜ってしまった僕はのたうち回ろうとしたんだけれどそんな行動をする必要はなかった。

 痛みはなかったし、そもそも土に囲まれて転がることはできない。


 動きが止まったので冷静になると自分の中にもう一つ視点が発生していることに気がついた。

 うまく言えないけれど、目の前の物を見ていながらも頭の中では別の光景を見ているような感じだ。


 土の中にいる視点ともう一つの視点、どちらかを選ばなければならない気がしたので僕は試しにもう一つの視点を選んだ。

 すると意識は銃を発射した僕に戻っていた。

 スコープにはカモシカが見えており、腹の辺りから血が出て絶命している。

 傷の辺りにセミが群がっていてちょっと気持ち悪い。


「⋯⋯何が起きたんだ?」


 撃ったのは僕で、カモシカに当たったのも僕で、土にめり込んだ僕は消えて、いま僕は大樹の枝に跨っている⋯⋯?


 なんだかクラクラしてきた。

 考えれば考えるほど混乱してくる。

 弾として黒い壁に向かっていった記憶とスコープでカモシカに弾が命中した記憶が混濁している。


 そうだ。カモシカに弾に命中したんだった!

 僕は改めてスコープを覗いた。

 そこにはやっぱりお腹に穴を開けたカモシカが横たわっていた。


 そのことをしっかりと認識した途端、爆発するような嬉しさが湧き上がってきた。

 何はどうあれ、僕の第一射はちゃんと命中した。

 遠くの敵を狙撃して大成功したのだ。


 歓喜が全ての疑問を吹き飛ばす。

 これまでに感じたことのないような快感が突き抜け、頭が真っ白になった。


 腹の底から全身に震えが伝わる。

 いつのまにか僕は両手をあげ、枝の上に立っていた。


「僕は⋯⋯僕はスナイパーだ!!!!」


 興奮状態でそんなことをしてしまったので、バランスを崩して頭から真っ逆さまに落ちた。

 僕はすかさず人化を解除した。

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