第19話:白い空間で二人
祠の中には女性の像があった。
宝物を期待していた僕は不貞腐れていたけれど鳴き声を上げることで気分が高揚した。
気が大きくなったついでに像におしっこをかけると強い光が発生し、気がつくと僕は白い空間にいた。
「ここどこだろう⋯⋯?」
いつもの調子で心の中でつぶやいた。
だけどその声は音となって僕の耳にしっかり届いた。
えっ?
咄嗟に手をみると、そこには遥か昔に見た記憶のある自分の腕があった。
僕、人間に戻っているの?
何が何だか分からなくて僕は混乱していたけれど、さらに事態を混沌とさせることが起こった。
目の前に色白でやけにツヤツヤとしたきれいなセミが現れたのだ。
『じじっじ〜 きゅんきゅんきゅん』
そのセミは可憐な声で美しい音色を奏でた。
だけど、その姿は異常にシュールだ。
僕は思わず頬をつねった。夢であるようにしか思えなかったからだ。
そしたらやっぱり痛くなかった。
「あ、これは夢だ」
「これは夢ではありません。魂は痛みを感じないだけです」
そんな声が聞こえてきたと思ったら、目の前のセミからボンっと煙が立って非常に顔立ちの整った女性が現れた。
女性は北欧系の金髪碧眼で肌が真っ白だ。
体型もすらっとしていて、胸はあまり大きくない。
好み中の好みの異性が現れて僕は姿勢を正した。
「私はここに誘われた者の理想の異性の姿になるのです。あなたの魂の表層はセミでしたので私もセミの姿になりましたが、あなたの本質は人間のようですね」
金髪美女は妙に落ち着く優しい声でそう言った。
改めて姿を見ると僕の理想の姿というのも頷ける。
外にあまり出られなかったせいで僕は外国の人に興味があったのだ。
でも、もしかしてさっきのツヤツヤしたセミも僕の理想の異性だったってこと?
まぁ品があってかなりきれいだとは思ったけれど⋯⋯。
と、とにかくいまはそんなことよりも何で自分がここにいるのかを僕は知りたかった。
「それで、僕はなぜここに?」
「あなたが私の像を洗浄してくれたからです。原初の時代に作られた像がこの世界にはいくつかあるのですが、あれは最古のものです。長らく日の目を見ることもありませんでしたが、あなたが洗浄してくれたのでここでお礼をすることにしたのです」
「お礼だなんて⋯⋯滅相もありません」
いえ、あれは洗浄しようとしたわけでもないし、ただのおしっこです。放尿です。
そう言おうとしたけれど、意志に反して口が勝手に動いてしまった。
多分、目の前の女性によく思われたかったんだと思う。見栄っ張りな口だなぁ。
「私は天空の神アイテール。私の分身ともいうべきあの像を洗浄してくれたあなたには神として報いなければなりません。さぁ、願いを言いなさい。私が叶えてあげましょう」
え、神様ですか⋯⋯?
そんな気はしていたけれどいざそう言われるとうろたえてしまう。
それに願いだって? いきなりそんなことを言われましても⋯⋯。
「さぁ、願いを言いなさい」
「はい! モテたいです!」
言った瞬間僕は恥ずかしさで目を覆った。
神様の圧が強すぎて本当に思っていたことを口走ってしまったのだ。
しかし神様はそんな僕を艶やかな目で見つめながら丁寧に返してくれた。
「抽象的すぎるのでもっと具体的に言うことはできませんか?」
「えーっと⋯⋯まだ見ぬ女性のハートを撃ち抜けるような強い男になりたいです!」
神様に見つめられて僕の心臓は高鳴りっぱなしだ。
おかげでちょっと変な表現になってしまったけれど、言いたいことは伝わるだろう。
「分かりました。そんなあなたに相応しい能力を授けましょう。それとあなたは人間の魂を持つのに何故かセミに生まれてしまったようです。その因果を変えることはできませんが、代わりに人になる能力と、人と同程度の寿命を与えましょう」
「えっ? 僕⋯⋯人になれるんですか?」
「そうですよ。いくつかの制限はありますが他の人間と同じように生活し、生きていけるような能力です。もちろんいつだってセミに戻ることができますから好きな生き方を選べば良いでしょう」
「ありがとうございます!」
あまりに慈悲深い神様の姿を見て僕は涙が溢れそうになった。
これが神の祝福⋯⋯?
すごい。こんな良い扱いをしてもらったら宗教にハマってしまいそうだ。
「さて、最後になりますがあなたは名前を持っていないようですね。これから私の加護を与えるのですから相応しい名前があった方が良いでしょう。あなたはこれから『ケイダ』と名乗るようにしてください」
「ありがとうございます!」
金髪美人の神様から名前ももらっちゃった。
その名前にはなんだか懐かしい響きがある。
「目を覚ましたらあなたは新しい力に目覚めていることでしょう。その力とは[人化]、[硬化]、[狙撃]になります。願い通り、見えない距離にいる者の心臓を撃ち抜く力になります」
「えっ!?」
僕は思わず声を上げた。
なんか違くないですか? と言おうと思ったんだけれど、上目遣いで僕を見つめる神様を見ていると思ったのと違くてもいいんじゃないかなぁという気がしてきてしまった。
「天空神アイテールの使徒ケイダよ。あなたはあなたの人生を生き抜く権利があります。もう会うことはないと思いますが、元気に生きるのですよ」
神様はこの世のものとは思えないほど眩しい笑顔でそう言った。
僕はその言葉を聞くとすぐに気を失い、元の通りにまたセミの体に戻った。
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