第15話:魔法を使いたいセミ

 祠の守護者である白ムクドリにリベンジするために僕はスライム師匠と日々研鑽を積んでいた。

 そんな中であの鳥が使っていた攻撃のことを思い出し、この世界に魔法があることを確信した。


 なぜ今まで気がつかなかったのだろうかと悔やんでいる。

 魔力がある世界なのだから、魔法があっておかしくないはずだった。

 それなのに僕はひたすら魔力の操作方法を鍛えて、体の強化の練習しかしていなかった。


 もしかしたら火や水や雷を出せるセミになっていたかもしれないのに、その機会を棒に振ってしまっていた。

 だが、遅きに失してしまったものの、芽が潰えてしまったわけではない。

 今からでも十分チャンスはあるのだから頑張ろうと僕は努力を始めることにした。


 そんな訳で大樹にしがみつきながら僕は火を出そうと必死になっている。

 だけどいくら力を入れても、想像力を働かせてみても魔力が火になることはない。


 酸素が結びつくことを頭に描いてみたり、燃素を作り出そうとしてみたりと考えうる限りの方策を試してみたけれど、どうにもならなかった。


 属性の相性があるのではないかと思って、水に氷に光に闇にとさまざまなものを試したけれど状況は変わらない。

 もしかしたら転生者の僕は時や空などの特殊な属性を持っているかもしれないと発奮した時もあったのだけれど、何度試しても魔力で体の強度を上げることしか僕にはできなかった。


 そんな風に試行錯誤を重ねる日々を過ごしていくうちに僕は焦りを感じ始めた。

 せっかく異世界に来たのだから魔法を使ってみたいという気持ちは強かったけれど、僕に残された時間は多分そんなに長くはない。


「諦めるしかないよなぁ」


 かなり寂しい気持ちになったけれど、僕は見切りをつけることにした。





 魔法を使えないと分かったことで消沈してしまった部分もある。

 だけど、ある意味では開き直ることができるようになったと思っている。


 僕の能力は単純明快だ。

 魔力で体を強くして素早く動き、敵に体当たりする。

 それを武器にする。そう確信することができた。


 スライム師匠との訓練にもより一層身が入るようになり、僕はメキメキと力を伸ばしていった。

 そうなってくると改めて思い出すことがある。


「あの花モグラとかいう奴に今なら勝てるんじゃないか?」


 僕はすぐさま大樹を飛び立ち、探索に向かった。

 森には未だにたくさんお仲間のセミがいて、そこかしこでひしめき合っている。

 まだまだピンピンしているので、僕の寿命もまだあると信じたいものだ。


 凶悪なセミたちは獣を見るたびに群がって血を吸っている。

 中にはウロコのようなものがついた蛇がいたり、岩でできたネズミみたいなのがいるので、そういう魔物たちは生き延びているようだ。

 だがセミにたかられるのが鬱陶しいのかほとんど表には出てこずに穴や岩場の方に隠れてひっそりと生きているみたいだった。


 あのモグラはどうしているだろうか。

 奴の主戦場は土の中なので、外に出なければセミたちに襲われることはないだろう。

 だがもしうっかり外に出てしまえばすぐにやられてしまうに違いない。


 僕が成虫になってから一度も花モグラを見ていない。

 森は広大だし、僕は大樹の周りを徘徊しているだけなのでそんなに行動範囲は広くないのだけれど、奴はこの辺りの地中を移動していたはずだ。


 目を皿にして地面を見ているけれど、モグラに特徴的なトンネルの跡は見当たらない。

 飛びながらでも見えるくらいのものなはずだけれど、全然なさそうだった。


「やっぱり血を吸われてミイラになっちゃったのかな? それとももしかして僕に恐れをなして逃げちゃった?」


 そうやって軽口を叩けば出てくるんじゃないかと思ったけれど、モグラの気配はどこにもなかった。





 花モグラに最後の挨拶できなかったことを悔やみながら、僕は祠に行くことにした。


 羽化してから今日で三十日になる。

 朝を迎えるたびに大樹に傷をつけて日付を数えていたのだ。


 相変わらず周囲のセミたちは元気だし、僕もピンピンしている。

 でも、いつぽっくり逝ってしまうかは分からないので、このあたりで区切りをつけるのが良いのではないかと思ったのだ。


 せっかく挑戦する機会があったのに何もしないまま終わってしまうのももったいない。

 この二回目の命を謳歌するためにはやっぱり冒険するのが一番だと思ったのだ。

 その結果、命を落とす結果になってしまっても良い。

 ある意味いまの生活はボーナスステージのようなものなのだから、やりたいことをやるのが一番良い気がしたのだ。




 祠には憎たらしいくらい可愛い白ムクドリがいた。

 その姿はあの時と全く変わらない。


 僕はいま身を潜めて、あの鳥の隙を窺っている。

 真っ向勝負だと分が悪いと分かっているので、奇襲することに決めたのだ。


 昔の僕だったらこういう方法は取らなかったかもしれない。

 でも何度考えてもあの鳥の見下すような目を僕は忘れることができなかった。


 どんな手段を使ってもアイツに痛い目を見せてやる!

 この世は弱肉強食。強い奴が正義なんだ!


 僕はゆっくりと動き小鳥の側面に回り込んだ。

 まだ気づかれていないはずだ。

 奴は能天気に毛繕いをしているけれど、気づかれたらすぐに攻撃態勢に入るだろう。

 隙があるようでいてないのが憎たらしい。


 焦れてきたせいなのか腹を動かして『じ』と鳴いてしまいたい衝動に駆られる。

 ここで鳴いてしまったらおしまいなのは分かっているので必死にこらえるけれど、虫の本能というのは押さえ込んでおくのが非常に難しい。


 そろそろ限界だ、音を出すぞ!

 そう思った時、白ムクドリの方に動きがあった。

 奴は突然口を大きく開けて僕とは反対の方を向き、首を振り出した。

 何度もその動きを繰り返し、何かを吐き出そうとしているように見える。


「いまだ!!!」


 僕は瞬時に魔力を全開にして、奴に向かってロケットのように飛び出した。

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