第13話:祠と守護者
調子に乗って魔力を込めて鳴いてみたらメスゼミに取り囲まれて怖い思いをした。
正直もう女性と関わるのはやめにしたいという気持ちになった僕は、メスゼミたちから逃げる途中に目にした石造りの建物を見にいくことにした。
確かこっちだと思うという方向に飛び立ち、少し進むと見えてきた。
石がドーム状に積み上げられてできているようだ。祠のようにも見える。
人だったら十人は入れるような大きさだろう。
入り口は空いているけれど中は暗くて様子が分からない。
あきらかに人工物だと思うけれど、ここには何があるんだろうか。
『ぴちゅぴちゅー』
鳥の鳴くような音が聞こえたので警戒していると祠の上に白い小さな鳥がいるのが見える。
ムクドリに似ているようだけど全身真っ白でモフモフしている。
遠くからだと丸い団子のようにも見える。
病院の窓からよくみていたからムクドリのことは知っている。
丸く太っているとすごくかわいく見えるよね。
『じじじ』
敵意がないことを示すためにこちらも適当に鳴いておく。
なんでそんな場所にいるのかは分からないが、戦うつもりはない。
目線を合わせないように僕は祠に入ろうとした。
『ぴちゅ! ぴちゅ!』
すると白ムクドリは声を上げて僕を威嚇する。
ここに入るなと言っているように聞こえたので僕はまっすぐに目を向けた。
『ぴぴぴ ぴぴちゅ!』
小鳥ちゃんが頬を膨らませて怒っているんだけれど、かわいいようにしか思えない。
セミ視点でもそう感じるんだから相当だと思う。
はいはいー。
わかりました。気をつけますー。
僕は白ムクドリの様子に頬を緩ませながら祠に向かって飛んだ。
『びぢゅー!!!!』
その瞬間、目の前で何かが光り、地面が爆発した。
「えっ?」
爆発の余波に巻き込まれて僕は後ろに吹き飛ばされる。
幸いダメージはないけれどかなり驚いた。
空中で体勢を立て直し、さっき自分がいた辺りの地面を見ると大きくえぐれている。
ムクドリの方を見ると白くて丸い体の周りで静電気のようなものがたくさん発生し、パチパチと音がしている。もしかしてあの鳥に攻撃された?
『ぴちゅ!』
かわいく首を傾げているけれど、周囲で弾ける電気の数は増している。
音もだんだん強くなっていつのまにか『バチバチ』に変わっている。
さっきのは電気の攻撃だったのかもしれない。
ムクドリは僕の方を見て目を細めた。
あれは威嚇なのだろう。
『これ以上近づこうとすれば攻撃を続けるけれど、本当に来る?』
そんな風に言われている気がする。
『さっきの攻撃はわざと外したんだ。僕はわざわざ下等なセミを痛めつける趣味はないからね』
かわいく見えていたはずの鳥が憎たらしく見えてきた。
全部妄想だけど。
さてどうしようかと考える。
正直祠に入ろうとしたのはただの好奇心だった。
こんなところにある建物が気になったし、何かお宝とかがあるんじゃないかと思って興奮していたのだ。そういう冒険に憧れていたしね。
その期待感だけでお腹いっぱいになれそうだったから実際には空っぽでも良いと思っていた。
だけどあの白ムクドリがこの祠の守護者のような存在だとしたら、中には守るべき何かがあるということになる。
「面白くなってきた⋯⋯」
僕は楽しさで頭がいっぱいになった。
中にあるものはセミの僕には価値がないかもしれないけれど、ここまで秘匿されているとなるとどうしても知りたくなってしまう。
でも⋯⋯。
さっきの攻撃の跡をもう一度見る。
ムクドリの電気攻撃によって大きくえぐれている。
あの攻撃を喰らったら流石にただではいられないだろう。
知りたいという感情と危ないという考えがぶつかってせめぎ合う。
考えをまとめようとしていると鳥が一歩前に出てきた。
『ぴちゅんっ』
そしてニヤっとした笑いを浮かべながら僕を挑発した。
その様子を見て僕は決心した。
◆
「あの鳥は絶対に泣かす」
いま僕は大樹のところに戻ってきていて、樹液をお腹いっぱいになるまで舐めている。
あの時の白ムクドリの憎たらしい笑顔がいまでも目に焼きついている。
安い挑発だったと分かっている。
僕を怒らせて攻撃させ、あそこで始末してしまいたかったのではないかという気がする。
だけど僕は挑発には乗らなかった。
なぜなら完全にブチ切れてしまったからだ。
怒りすぎたせいで逆に冷静になってしまった。
その結果、いま戦ったらおそらく勝てないということを悟った。
僕は武道はおろかスポーツをやった経験がほとんどない。
だけどテレビを見ていてスポーツ選手たちには特有の身のこなしがあって、できる奴のオーラみたいなものが醸し出されているように思っていたのだ。
あの鳥にもそんなオーラがあるように感じた。
僕が見ている間はあまり体を動かしていなかったけれど、ちょっとした動作がスポーツできるやつのそれだったように見えたのだ。あいつは鳥だけど。
電気系統の強力な魔法が使えて、おそらく身のこなしが軽い。
紛れもなく強敵だ。
僕は悔しかったけれど、敵に背中を向けながら去ることにした。
そのとき、僕は強く誓った。
強くなってあの鳥を絶対に倒す。
ちなみに、逃げる時に背中から攻撃が飛んでくるんじゃないかと思ってびくびくしていたけれど、鳥は追ってこなかった。
ちょっとだけおしっこが出ちゃったのは誰にも内緒だ。
◆
それから僕は修行に明け暮れた。
できるだけ樹液を摂取して魔力を増やし、操作を高める訓練を続けた。
そんな中でふと頭に浮かんできたのは寿命のことだ。
僕の命はあとどれだけなのだろうか。
成虫になったセミは一週間もすると死んでしまうと聞いたことがある。
ここは異世界だろうから違うのかもしれないけれど、僕が成虫になってからすでに七日は経っていると思う。
でもまだ僕はピンピンしているし、他の木にしがみついているセミたちも衰える様子はない。
いろんなオスとメスが番になっていて激しい嫉妬心を覚えたので今では目を逸らしているけれど、彼らのけたたましい鳴き声はいまだに健在だ。
地面に落ちて飛べなくなったセミもまだ見ていない。
まだ時間はあるだろうか。
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