第12話:女性、こわい⋯⋯。
頭脳プレイでとある木にいたセミたちを一掃したので、悠然と嫁の勧誘作業をすることができるようになった。
他のオスたちが来る前に早く行動を開始し、綺麗なメスたちの気を引く必要がある。
僕は腹に力を入れて音を出そうとしたけれど、素敵な考えが浮かんできたので一時停止した。
できるだけ良いメスと会うためには大きな音を立てた方が良いはずだ。
そのためには魔力を使って音をかき鳴らし、よく響かせる必要があるのではないだろうか。
僕は今度は魔力をお腹の辺りの音を出す器官に集めて、高らかに鳴いた。
『じじじじ〜 きゅっきゅっきゅん じじじじ〜 きゅっきゅっきゅん』
大きな音が辺りに響く。
自分一人で出しているのが不思議なくらいに音が広がっていくのが分かる。
音色も違っているように思う。
他のセミたちはただ、がなり声を上げているだけに思えるけれど、僕の音は上品に音を奏でている。
魔力をどんどん供給しながら歌うような意識で音を立てていく。
するとすぐに一匹のセミが僕の元にやってきた。
そのセミは艶の良い肌をしている別嬪さんだった。
しかも人で言うと目がハートになっているような熱い目で僕を見ている。
ついに僕の青春時代が始まった。
そんなことを予感させる情熱的な姿だった。
どうやってアプローチしていこうか。
そんな風に考えていると、さらにもう一匹のメスゼミがやってきた。
この子も整った顔をしていて、羽の翅脈がとても綺麗だった。
「き、君たち⋯⋯」
彼女たちには聞こえていないというのに僕は心の中で声を上げざるを得なかった。
二匹のセミに見惚れていると今後は三匹目のセミがやってきた。
そう思ったら四匹目、五匹目とどんどんとセミが押し寄せてくる。
「え⋯⋯?」
しかも全員なんだか目が血走っているんじゃないだろうか。
さっきまでは僕にうっとりとした目を向けていた一匹目の子もいつのまにか興奮した様子に変わっている。
ズシン!
困惑していると僕の背に何かが乗ってきた。
そしてお尻のあたりをさわさわと撫でられる。
「ひえっ」
びっくりして振り払うとメスゼミが乗っかっていたようだ。
よく分からないけれど、なんだか背筋が凍るような気持ちになる。
そうしている間にもどんどんセミたちが集まってくる。
感覚的に全員がメスゼミだと分かる。
気づけば僕は目をぎょろつかせたメスゼミたちに取り囲まれていた。
全員が獲物を見つけたように僕を見据えている。
そこには絶対に逃さないという確固たる意志があるようにも感じる。
僕は恐怖に震えた。
「ぎゃああああ!!!!」
魔力を解放し、全力でその場から離脱した。
メスゼミたちも間髪入れずに羽を広げ僕を追ってくる。
怖い怖い怖い怖い。
幼虫時代から培った魔力操作の技能を駆使して全力で羽を動かす。
空気抵抗ができるだけ少なくなるように体の向きを調整し、できるだけ細い隙間を抜けて追手に追いつかれないようにする。
うしろを見ている暇はない。
そんな隙を見せた瞬間に捕まって、蹂躙されてしまう。
そんな気がしてならなかった。
向かう先は大樹しかない。
あんなに広大なスペースがあるのに生き物がほとんどいないのには何らかの理由があるに違いない。
何匹かはこれてしまうのかもしれないけれど、少数だったらやりようがある。
だけど、大勢のメスに取り囲まれてしまったら僕に勝ち目はないだろう。
過去最高の速度を出して、僕は大樹の方向に飛んでいく。
微かだけれど木の姿が見えてくる。
もう少しの頑張りだ。
「大丈夫だ。大丈夫だ」
何度も自分に言い聞かせながら、必死で羽を動かす。
横から見たら僕は弾丸のように空を駆けていることだろう。
幸いなことにいまは空にいる他のセミの数も少ない。
僕がしでかしたせいかもしれないけれど、おかげで事故は避けられそうだ。
死に物狂いで頑張っていると視界の端に石でできた建造物のようなものが見えた。
初めて人工物を見た気がする。
あれはなんだろうか⋯⋯?
疑問に思考を取られそうになったけれど、そんな余裕はないと思い直して僕は再び前を見据えた。
そしてやっとのことで大樹に辿り着くことができた。
◆
「あー、うめぇ⋯⋯」
無事に大樹に戻ってきた僕は心を落ち着かせるために樹液を舐めていた。
いつのまにかメスゼミたちを撒けていたようで大樹まで追ってきたセミはいなかった。
おかげで胸を撫で下ろした僕は慣れ親しんだ場所で休憩しているというわけだ。
まさかちょっと鳴いただけであんなことになるとは思っていなかった。
それだけ僕の魔力が大きくて、成長していたと言うことなのかもしれないけれど、ああやって囲まれる光景がトラウマになりそうだ。
正直ちょっとだけちびってしまった。
僕でもお嫁さんをつかまえられそうだと分かったのは良いんだけれど、またああいう目に合うと思うと足が遠のいてしまいそうだ。
子孫を残せなくても良いから大樹の周りで落ち着いた生活を送りたいと思ってしまう。
どうしたものだろうか⋯⋯。
とりあえずこのことを考えるとあの血走った目を思い出してしまいそうだから、しばらく頭の片隅に追いやることにした。
樹液をちびちび舐めていると少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
だんだんと冷静さを取り戻していくのが分かる。
「そういえばさっき石でできた建物があったよね?」
無我夢中だったのでおぼろげだけれど確かに何かがあった。
もう少しだけ休んだら、気を取り直して冒険してみようかな。
この選択が僕の運命を変えることになるとはこの時は思いもよらなかった。
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