女神の楽園で夢をみる
第11話:僕の時代
やっとのことで羽化をしてから数日が経った。
最初に飛んだ時は高所恐怖症が発動しておしっこを漏らしてしまったんだけれど、今ではそんな醜態を晒すことはない。
人だった時は落ちたら助からないから怖かったんだけれど、セミとなったいまは飛ぶことができるし、多少バランスを崩してもすぐ立て直せる。
ちょっとだけ高いところから落ちたこともあったんだけれど、特にダメージはなかったのも自信になった。
いまでは僕は立派なセミとして空を縦横無尽に駆け巡っている。
ここは大きな森でどこまでも木が続いている。
空を飛び回る生活をしているって言うとすごく自由な生活をしているように感じると思うんだけれど、実のところ僕は大きな問題に悩まされていた。
それは——
『じじじじ きゅっきゅっきゅっ じじじじ きゅっきゅっきゅっ』
辺りにけたたましい音が響いている。
うるさすぎて耳を塞ぎたいのだけれど、残念なことに僕には耳がない。
僕は空を飛びながら近くの木の肌を見る。
そこには黒い体に金色の目を持つ小さなセミが何十匹も群がり、樹液争奪戦を繰り広げている。
ほとんど全ての木でこんな状態で、木によってはセミがびっしりと付いていることもある。セミが大量発生しているのだ。
そんな状態だから空も非常に混雑している。
さっきも譲る気配のないセミが僕の方に突っ込んできてあわや衝突事故になりそうだった。
せっかく優雅な飛行生活が送れると思っていたのに、これでは台無しである。
僕はその場から去ることにした。
安全飛行を心がけて僕は羽化した木——僕は大樹と呼んでいる——に戻ってきた。
大樹にはあのセミたちも寄りついてこない。
何匹かは樹液を吸っているのを見たんだけれど、しばらく後でお腹が破裂して地面に落ちていった。
やはりこの木の樹液は魔力操作の能力に乏しい生物には毒なのだと思う。
セミはおろか他の生物を見ることもない。
僕は目ざとく樹液が溢れている場所を見つけ、羽ばたいた。
そして一目散に吻を近づけて極上の甘露を味わう。
「うんめええええぇぇぇぇ!!!!」
根の樹液を吸っている時から美味しかったけれど、幹の表面から溢れ出る蜜はその味を凌駕する。
この世のものとは思えない味わいに僕はまたおしっこをこぼしてしまいそうになる。
あー、ここが空いていて本当によかったぁ。
こんな感じで僕は誰にも邪魔されずに食事にありつけているのだけれど、問題は他にもある。
僕は樹液の場所から離れたところに移動してゆっくりとお腹に力を入れた。
『じじじじ きゅっきゅっきゅっ じじじじ きゅっきゅっきゅっ』
そう。僕もあのセミたちと同じように鳴くのだ。
この体は多分黒くて、目は金色をしているのだと思う。
成虫になったら『ミーンミンミン』って鳴くんだろうなぁと無意識のうちに思っていた僕は自分の鳴き声に結構な衝撃を受けた。
この鳴き声は病院にいる時にも聞いたことがなかったので、僕の知らないセミなのだと思う。
そもそも魔力がある時点でこの世界は異世界だと思うから、知らないセミがいたって不思議ではない。
ミンミンゼミが存在していない可能性すらある。
納得はしていないんだけれど、まぁこういう風に生まれてしまったんだから仕方がないよね。
あのセミ達もよく見れば格好いい気もしてきたし、次第に順応していくんじゃないかと思う。
◆
さて、無事に成虫のセミになれた訳だけれど、僕にはやりたいことがあった。
それは嫁探しだ。
鳴いているセミは全てオスで、みんなメスを惹きつけたくて音を出しているのだ。
相手がセミというのはちょっとだけ不服だけれど、どうせ自分もセミなんだから開き直ってお嫁さんを募集しようと思っている。
そのために場所を探していたんだけれど、僕が着地する余地もないほどに樹表は混み合っていた。
だけどそろそろ四の五の言っていられる時間ではないのかもしれない。
前の世界のセミは一週間ぐらいで死んでしまうと言われていた。
僕があとどれぐらい生きられるのか分からないけれど、そんなに長い時間が残されているわけではなさそうだ。
いまこそ培ってきた力を使う時なのではないか。そんな風にも思う。
これまで一生懸命魔力操作の練習をしてきた成果がここで出てくるだろう。
この世界は弱肉強食、そんな風に身をもって教えてくれたゴミムシ先生の教えが頭をよぎる。
◆
僕は大樹から離れ、再び同類たちが群がる木にやってきた。
相変わらず騒音が鳴り響いていて僕が入る隙間がないように見える。
やりたくはなかったけれど背に腹は変えられない。
とある木の前で地面におりて丹田から魔力を引き出した。
狙うのは木の根本だ。
やったことはないんだけれど、強化された僕の力であればそれなりの衝撃を与えられるのではないかと思う。
僕は頭に魔力を集め、全力で木に体当たりした。
「どすこーい!!!」
ずしんという音が鳴り、木が根本から大きく揺れる。
上を見ていると大量のセミが落ちてくる。
瞬時に空に逃れた個体もいたようだけれど間抜けなやつは真っ逆さまに地面に突き刺さっている。
僕は悠然と羽を広げ、誰もいなくなった樹皮に張り付いた。
そして高らかに鳴き声を上げた。
これからは僕の時代だ!
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