第7話:僕、一生ここに住む!

 地中を深く掘った後、空腹を満たすために徘徊していると樹根ソムリエの僕を心から唸らせる根っこが見つかった。


 外見もさることながら、その根に流れる液はこの世のものとは思えないほどに美味だった。


 ちゅーちゅーちゅー。


 美味しすぎて吸うのをやめることができない。

 これまではセミの部分が本能的に「うめぇ!」と言うから空腹を満たすために樹液を求めてきたのだけれど、いまは人間の部分も「うめぇ!」と同じ反応をしている。


 何だかすごく上品な甘味があって、でもほんの少しだけ酸味もあるような気がする。

 質感はさらっとしているんだけれど強烈な旨みとコクがある。

 うまく言葉にできないね。


 あまりに美味しかったから、この樹を枯らす勢いで飲んでやるって意気込んでいたんだけれど、やはり終わりは来るもので最終的には満腹になった。


 はぁ⋯⋯。

 でも美味しかった。

 お腹いっぱいになったけれどまだ飽きる気はしない。

 正直毎日これで良いと思う。

 徘徊している間に他の虫にも会わなかったし、天敵らしい天敵はここにはいないような気がする。


 うん。決めた!

 僕、一生ここに住む!


 そんなことを考えながら木の根に抱きつき、僕は心地よい眠りについた。





 体が熱い⋯⋯。

 お腹が熱い⋯⋯!


 微睡の中で違和感を持ち、僕は目を覚ました。

 眠ったときと同じで木の根にしがみついている。


 それは良いのだが、腹部からものすごい熱を感じる。

 脚が短いせいで触れることはできないのだけれど、これは明らかにおかしい。


 焦ってお腹を樹皮に擦り付けてみたけれど状態は変わらない。

 腹痛だったら外からの刺激で感じ方が変わりそうだけれど、根を使ってお腹をさすったりしても熱い感覚は同じだ。


 これってもしかして⋯⋯。

 僕は気持ちを落ち着けて丹田に意識を集中した。

 セミだからそれっぽいという場所というだけだけれどね。


 すると僕のセミ丹田から濃密な魔力が溢れ出しているのが分かる。

 丹田には魔力の入り口のようなところがあって、その奥に魔力が溜まっている感覚なんだけれど、そこが張り裂けそうなほどに魔力でパンパンになっている。


 感覚的にこのまま放置したら危ないと分かったので丹田から魔力を引き出し、体に充満させた。

 多量の魔力が通った体はこれまでないほどに芯が通り、溌剌としたように感じる。


「突然どうしたんだ⋯⋯?」


 明らかに保有魔力量が上昇している。

 ただ増えたというレベルではなく、三倍とか四倍くらいは一気に増えているんじゃないだろうか。


 これってやっぱり樹液が原因だろうか。

 普通に考えたらそうだよね。吸った直後に眠くなったし、魔力が爆増しているし、他に理由を思いつかない。


 さっきはお腹いっぱい飲んじゃったけれど、少しだけ飲んでみよう。

 そうすればちょうど良いくらいに魔力が増えて分かるかもしれない。


 ちゅーちゅー。


 僕は再び吻を伸ばして根っこから樹液を吸った。

 うん。やっぱりうんまい。


 まだ飲みたい気持ちもあったけれど、お腹が減っている訳でもないし、検証のためにそこでやめることにした。

 そして丹田に気持ちを集中させながらぼーっと待つ。


 魔力の存在に気づいてからは暇さえあれば鍛錬ばかりしていたので、何もしない時間をあまり持っていなかった。

 前世では何にもしない時間がたくさんあったんだけれど、その頃とは大違いだ。

 仕事で忙しく過ごしている人のことを羨ましく思っていたから、ある意味ではこれも望んでいたことなのかもしれない。 


 少し待つと丹田がほんのり熱くなり、魔力がゆっくりと湧いてきた。

 やっぱりこの木の樹液が原因のようだ。


「ということはさ⋯⋯」


 やっぱりここって楽園じゃない?

 敵もこなさそうだし、ご飯は美味しいし、魔力も上昇する。

 正直これ以上、良い場所は見つからないだろう。


 やっぱりここに永住するのが良さそうだね!





 それから僕の幸せな生活が始まった。


 毎日至高の食事にありつきながら、魔力操作の練習をした。

 日々成長を実感し、体の強化度も上がっていった。脱皮をすることもあった。


 あまりにも早く地中を移動できるようになったので、何度か上昇してみたりした。

 その度にいろんな虫にあったけれど、もはや僕に敵う敵はいなかった。


 あの花モグラとかいう獣ももう相手にならないんじゃないかと思って三回くらい挑んだけれど、何度やっても傷を負わせることはできなかった。

 最後の回の時にはちょっと痛かったのか少しキレていたように見えたので、全速力で逃げ帰ってきた。


 多分いまの僕の力だったら地上に出ることもできたのだろうけれど、地中の生活が身に染みてしまって何となく出ていく気持ちになれなかった。


 僕が拠点にしている層の探索をたくさんしたけれど他に生きているものはいなかった。

 たまに僕の仲間と思われるセミの幼虫が根に吻を突き刺したままで死んでいるのを見るんだよね⋯⋯。


 お腹の辺りが爆発しているように見えたから、急激な魔力の増加が原因で破裂してしまったんじゃないかと思っている。

 僕も魔力操作に秀でていなかったら同じ目に遭っていたんじゃないかと思っているし、それ以来、一度にお腹いっぱい樹液を飲むのは避けることにしている。




 そんな感じで僕の平和な生活はなんの憂いもないまま過ぎていった。

 だけどある日、突然おかしな衝動が僕を襲ってきた。


『地上に出ろ! 地上に出ろ! 地上に出ろ! 地上に出ろ! 地上に出ろ!』


 四六時中、こんな声が聞こえているんだ。

 数万人の人がコンサート会場で声を揃えて絶叫しているかのような大きなボリュームで頭に響いてくる。


 実際にそんな音が聞こえてくる訳ないんだから、幻聴だと無視することにしていたけれど、僕はすぐに参ってしまった。


 こんな仕打ちを受けて長時間耐えられるわけがない。

 きっとこれはセミの本能的な衝動なのだろう。


 その時が来てしまった。

 僕は羽化をするために地上へとゆっくり地中を進み出した。

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