第6話:ダンシングセミ

 花モグラさんには敵わないと思い知らされた僕は、敵のいない場所を探してそこで修行をすることにした。


 地中深くで木の根が張り巡らされた場所だったら思う存分に集中できると思ったのでとりあえず下に向かって地中を掘り進めることにした。


 土を掘っていると突然性質が変わることがあった。

 これが層の違いなんだろうけれど、粒子の大きさや目の詰まり方や水気などが結構違う。


 幾つかの層を抜けると今度はさらに粒子が小さくて強く固まっている場所にたどり着いた。

 かなり力を入れないと先に進むことができない。

 

 全力で魔力を使い、力一杯に土を削ろうとする。

 だがそれでもなかなか掘り進めることはできなかった。


 不器用な動きを重ねてちょっとずつ土をどけていく作業が続く。

 思ったようにはいかない。でも、確実に進んでいる。


 僕はこの困難な作業を自分が楽しんでいることに気がついた。

 思うようにはできないけれど、成果がないわけではない。

 そんな状況が続くことが面白くてたまらないのだ。


 それに僕がこれだけ苦労するのだとしたら、普通の虫はこの先の領域に到達できないのではないかと思う。

 それこそが僕が求める場所だ。

 そういう場所が僕は欲しいんだ。


 そろそろ魔力が尽きると感じ始めた時、土に頭を潜り込ませると柔らかくふわふわとした手応えがあった。


「抜けた!」


 ものすごく硬い層の向こう側にやっと辿り着いた。

 僕はセミ幼虫の体を駆使して小躍りをした。





 限界までダンスステップを踏んだあと、お腹が空いてきたのを感じた。

 何とか頑張って深くまできたけれど、今度は水平方向に移動して木の根を探さなければならない。


 とりあえずは徘徊して、それっぽい場所を探すしかない。

 いつ見つかるのかはわからなかったけど、土は柔らかくあまり力を使う必要がなさそうだ。

 ふわふわとしていて、掘るというよりも押しのけるだけで進むことができる。


 基本的には闇雲に探すことになるけれど、全く手がかりがないという訳ではない。

 最近分かったことだけれど、地中の土もごく僅かに流動していて木の根があるような場所の近くでは土の中に細根や植物片が混じるのだ。


 細根というのは前世で言うと大根のヒゲ根の一番細かい奴を想像してもらえれば良いと思う。

 深くなればなるほど流動性は低くなっていくだろうけれど、基本は同じだと思う。


 まぁ、ピンポイントで探り当てなくて良くなるくらいの効果しかないのだけれど、それでも範囲が広がるだけで今の僕にはありがたかった。


 それから僕は地中を徘徊しまくった。

 流石に限界が近づいてきたのでもう一度硬い層を抜けて上に戻ろうかと思っていた時、それが目に入った。


「あ、これは細根じゃないか? それに樹皮の欠片みたいなものもある」


 目を皿にして近くを掘ると他にもごく小さい植物片が混じっていることに気がついた。

 少しきた道を戻ってみると、微小なものはかなり前から土の中に混じっていたことが分かった。


 一回気づいてしまえばなぜ気づかなかったのだろうと思うほどだけれど、「ある」と確信していない時はなかなかわからないものだったりする。

 間違い探しとかって答えを聞いたら一瞬でわかるんだけど、自力では見つけられないんだよなぁ。


 なんにせよ今いる辺りを中心に探すのが良さそうなので、かなり力を入れて周囲を掘り進めた。

 お腹が減っていて早く樹液を飲みたくて仕方がないのだ。


 餓死するとかいうレベルではないんだけどちょっとしたトラブルでご飯の時間が遅れた時って変な焦りが生まれる。

 病院にいた頃も稀にそういうことがあったけれど、そわそわして落ち着かない気分だったのを覚えている。


 急かされるような気持ちになりながらも丁寧に植物の痕跡を辿っていくと、ついにごく細い根を発見した。


「見つかった! これを追っていけば太い根に行き着くぞ!」


 何度も言っているがこれは心の声なので実際には無音だ。

 細い根にはあまり管が通っていないので樹液を吸うことはできない。


 状況によっては四の五の言っていられないのだが今はもう少しだけ我慢して美味しいご飯にありつきたい。


 根の近くの土をかきわけながら進んでいくといくつもの根が合流し、次第に太くなっていく様子を見ることができた。

 そろそろ吻を突き刺しても良いのだけれど、あと少しだけ我慢すればもっとうまい場所に辿り着けるのではないかと思って、なかなか思い切れない。


 踏ん切りがつかないまま、ほんの少しずつ太くなっていく根に沿って進んでいくと突然目の前にぶっとい根が出現した。

 樹皮の表面は滑らかで、どこか貴婦人のような艶やかさがあった。


 これだ!!!


 気がつけば僕はその根に抱きつき、口先から針を伸ばしていた。

 セミ的な超感覚で樹液が流れている深さに吻の先端をピタリと止める。


 そして液を吸うと、脳に甘美な衝撃が走った。


「うんめええええええぇぇぇ!!!!!!」

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