第5話:ごめんなさい、花モグラさん。
花モグラを追いかけると奴はお尻をフリフリさせながら地中を進んでいた。
無防備なそのお尻に僕は全力の頭突きを叩き込むことを決意し、魔力で体を強化した。
「行けー!!!」
キーンという音がしそうなほどの速度で僕は花モグラに近づく。
奴は僕が飛び出したことに気づく気配もない。
勝った。そう思わずにはいられなかった。
戦いの興奮ゆえか僕には世界がコマ送りで進んでいるように見えた。
ほんの少しずつ僕の頭が奴のお尻に近づいてゆき、勝利の瞬間が近づいてくる。
そんな風に思っていたものだから、激突したとき、僕は呆気に取られてしまった。
ボフン!
それは想像以上に柔らかかった。
硬くなったはずの僕の頭を優しく包み込み、衝撃を完全に吸収してしまった。
花モグラの毛は柔らかくて温かかった。
攻撃は勢いを殺された。
頭がほんの少しだけ肌に当たった感覚はあったけれど、当然傷をつけるには至らない。
僕はそのまま軽く跳ね返され、何事もなかったかのように着地した。
『キュ?』
何かが当たった気配がしたのか花モグラは声を上げ、器用にその場でくるっと回って僕の方に顔を見せた。
僕は咄嗟に目を逸らした。
心の中では盛大に口笛を吹いて、自分はたまたまここにいただけですオーラを全力で出す。
花モグラは僕の方をチラッとだけみて、コテっと首を傾げた後ですぐにまた元の方向に進んでいった。
◆
花モグラさんが視界から消えたあと、あの方が出す振動がなくなるまで僕はその場に佇んでいた。
「⋯⋯⋯⋯」
正直絶句する他なかった。
人だったら間違いなく口をあんぐりと開けていただろう。
それほどに力の差を感じた。
なんだか愛玩動物のような動きをしていたけれど、あれは正真正銘の怪物だった。
まさか攻撃が全く効かないなんてことがあるとは思っていなかった。
いまのままでは勝てる要素が一つもない。
運良く僕が攻撃したことを悟られなくてよかった。
怒って反撃してきたら十中八九負けていただろう。
僕は調子に乗っていた。
ちょっとだけ力を手に入れたからといって有頂天になり、自分を見失っていた。
確かにゴミムシやオケラを倒してきたけれど、それは虫同士の中でちょっと強いということに過ぎなかったのだ。
簡単には覆せない生まれの差がそこにはあった。
やっぱりだと思った。
前世では生まれつき体が弱く、今世ではセミという弱い生き物に生まれてしまった。
結局のところ、僕はそういう星の元にいるのだ。
前世では諦めてしまっていた。
どうせ頑張っても僕の体は強くならないんだから、頑張っても無駄だと思うようになってしまった。
だからこそ、転生してみて努力すれば結果が出るのが嬉しかったのだ。
セミだったけれど。
『また諦めるのか?』
人間だった頃の僕が、セミになった僕に問いかける。
僕は改めて丹田に意識を集中させた。
事の始まりは魔力の存在に気がついたことだった。
魔力操作の訓練に打ち込み、同じ虫だったけれど敵を倒せるようになった。
魔力量も三倍ぐらいにはなった。
その差は多分微かなものなんだろう。
病気の僕がいつもより十分間だけ長く外に出られたのを喜んでも、健康な人にとってはなんでもないのと同じように。
だけどね。毎日十分ずつ長くできたら明日には二十分になって、来週には一時間を超える。
そうすることに意味があるのかは分からないんだけれど、努力を続けた先に何があるのか見てみたいと思ってきた。
せっかく新しい命を授かったのだから、できる限りもがいてみようかな。
諦めてしまったあの頃はもう戻せないけれど、幸運なことに僕はやり直せるのだから。
『僕は諦めないよ』
セミになった僕は答えを出した。
すると何故だか涙が出そうな気持ちになったんだ。
セミだから出ないんだけれどね。
◆
正気に戻った僕は取り合えず今後の方針を決めることにした。
結局のところ、やっぱり花モグラには勝てなかった。
今回はたまたま助かったけれど、次は分からないし、他にも敵がいる可能性がある。
だから強くなるために限界まで修行をしたい。
どうしたら良いか考えているうちに僕は素敵なアイデアを思いついた。
モグラの体は結構大きかった。
ああいう生物は木の根が張っていて密集しているところにはあまり入ってこれないだろう。
それにイメージだけれど、モグラってあんまり深いところにはいない気がする。
だからとにかく深く潜って、根が張り巡らされているところを見つければ結構安全なんじゃないかと思うのだ。
そういう場所で周囲のことを気にせず修行に明け暮れたい。
よし。
僕は深いところに潜って根を探し、そこを寝ぐらとすることに決めた。
方針が決まればあとは行動するのみだ。
丹田から魔力を引き出し、下に向かってひたすらに掘り進める。
掘ると言っても前脚をがむしゃらに動かして頭を潜り込ませるような不恰好なやり方だ。
でもそれしかやり方がわからないのでとにかく掘る、掘る。
一心不乱に掘っていると土の粒子が一気に小さくなったのに気がついた。
小さい分、目が詰まっていて掘りにくい。
でもそんなことはお構いなしにどんどん掘り進めていく。
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