第4話:もしかして、強い?

 ゴミムシに襲われた僕は必死に逃げたけれど、追い詰められて最期の時を待っていた。

 

 奴は自慢の顎で僕に攻撃を仕掛けようとしている。

 自分の勝ちを疑っていないのか、その動きは隙だらけだった。


 奴の振る舞いを見て頭に血が上った。

 「まだ諦めたくない」という気持ちが突然湧いてきて、無意識のうちに魔力を頭に集中させた。

 そして奴の誇りであろう顎に向かって突進した。


『めしゃ』


 すると気色の悪い音が鳴り、軽いものが頭に当たった感触があった。

 

「え?」


 心の中で僕は声を上げた。


 勢いのまま振り返るとそこには潰れたゴミムシがいた。

 外骨格はひしゃげていて中身が飛び出している。流石に助からないだろう。


「もしかして倒しちゃった⋯⋯?」


 自信満々に追い詰めてくるものだから絶対に勝てないと思ってた。だけど、いざ反撃してみると奴は思いのほか脆かった。


 目の前では奴の脚がピクピクと宙を蹴っている。

 意識はなさそうだけれど動いてしまうのだろう。

 それを見ていると不意に自分は勝ったのだという実感が湧いてきた。


 いつのまにか僕は頭と前脚を上げていた。

 ガッツポーズのつもりだ。


「やったぁぁぁ!!!」


 僕はゴミムシに勝ち、生き残った。

 




 しばらく勝利の余韻に浸ると、次第に気分が落ち着いてきた。

 冷静になると僕って結構強いんじゃないかという気持ちが芽生えてきた。


 その気持ちはすぐに確信に変わった。

 だって奴はただの虫けらで、僕は英才教育を受けたセミだから。


 魔力の鍛錬を重ねたセミの幼虫は天敵のゴミムシを凌駕することができる。

 そんな真理に気がついてしまった。


 僕は改めて魔力を頭や脚に集中させて固い土を掘ってみた。

 すると想像以上に軽い手応えで土の中を進むことができる。


「ひゃっほい!」


 移動速度も速くなっている。

 ゴミムシの外骨格を潰すことができたことを考えるとかなりの威力があるんじゃないかと思う。


 それに魔力の量もわずかにだけれど増えている気がする。

 もしかしたらゴミムシを倒したことで強くなっているのかもしれない。


 あれ?

 これだけの力があれば怯えて生活する必要はないんじゃないだろうか。


 つい思い込みでゴミムシから逃げ回ってしまったのと同じで、あのモグラでさえも実は敵じゃないんじゃないだろうか。そんな風に思えてならなかった。





 それから僕は花モグラを探して地中を探索した。

 その過程でオケラやミミズと遭遇したけれど、魔力を込めた体当たりをすることで奴らはなす術なく散っていった。


 敵を倒すたびにほんの少しずつだけれど、強くなっているように感じる。

 このまま地中にいる虫たちを倒していったらいずれは最強になれるんじゃないだろうかという気持ちさえ出てくる。


 魔力の鍛錬は、気絶するほどではないけれど時間を見つけては行うことにしている。

 いまでは前脚の先に魔力で丸い形を作ることができるようになった。

 この練習のおかげなのか、体の各部位に魔力を集める速度も順調に上がっていて、敵に襲撃されても一瞬で防御ができるようになったような気がしてきている。


 そんな感じで、花モグラ探し、魔力の操作、樹液吸い、休憩。

 そしてまた花モグラ探しと飽きることもなく同じことを僕は繰り返した。


 花モグラは見つからなかったけれど僕は探し続けた。

 それは別に執念があったとかそういうことではなくて、いつのまにか習慣になってしまったというだけだ。

 言い換えれば地中の中を散歩しているような気持ちだった。


 おかげでたまにとんでもなく美味しい樹液のある木を見つけることができたし、そこら辺にいる虫には負けることはないという自信を得ることができた。




 もしかしたらいつのまにか本当の目的を僕は忘れてしまっていたのかもしれない。

 だから再びあの振動が起こった時、僕は平和ボケしていた気持ちをグッと入れ直す必要があった。


『ドドドドド』


 懐かしさすら感じるほどの揺れが辺りを襲う。

 揺れは少しずつ近づき、大きな生き物がこちらに向かってくるのが分かる。


 奴が来る。

 僕は丹田に溜めていた魔力を引き出し、全身に巡らせた。

 準備は万端だ。

 

『ドドドドドドドドド!!!』


「来る!」


 もし二足歩行だったら立っていられないほどの揺れが発生する。

 そう思った瞬間、僕の目の前に巨大な獣が現れた。


 それはやはりモグラだった。鼻の先が花のように開いている花モグラだ。

 よく見ると額のあたりに星のような模様がある。


『キュ、キュー』


 花モグラが鳴いた。意外と可愛い声でびっくりした。

 花モグラは僕の方をチラッと見たけれど、すぐに方向を変えてまた土を掘り始める。


 奴がどんなことを言っていたのかは僕には分からなかった。

 けれどその媚びるような鳴き声、そしてすぐさま行き先を変えた様子から僕は察した。


「臆したな」


 僕は強くなりすぎてしまったのだろう。

 あくまで参考程度だけれど、僕の魔力の密度は当初の三倍ほどになっている。


 訓練すればセミは獣を凌駕する。

 そう確信する他なかった。


 だからこそ僕は花モグラを追うことにした。奴に思い知らせないといけない。

 奴が出す振動を頼りに強化した体を使って地中を進む。

 ついこの前までゴミムシに追いかけられていた僕が今度は追う側になってしまった。


 花モグラが通った後は通路ができているので進むのは簡単だ。

 僕はすぐに辿り着いた。

 奴はお尻をフリフリしながら土を掘り進めている。

 なんて無防備な姿なんだろうか。


 花モグラは完全に油断し切っていて、僕の存在に気づいていないようだった。

 頭の中に「正々堂々」という言葉が浮かび、ためらいが生じる。

 でもその言葉はすぐに「弱肉強食」に上書きされた。


 悪いのは油断している奴だ。

 勝つのはいつも強い奴だ。

 僕は病気で苦しみながらそのことを学んだ。

 だから攻撃することをためらわない。


 改めて魔力を体に巡らせ、頭に集中させる。

 後ろ脚に力を溜めて突撃の準備を整える。


「行けー!!!」


 僕は花モグラに飛びかかった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る