どうしてそんなことを言うのだろう
卯野ましろ
どうしてそんなことを言うのだろう
「はなさないで」
道を歩いていると、まだ幼なそうな誰かの声が聞こえてきた。気になって振り返った先にいたのは、
「絶対に手を放さないでよ!」
「はいはい」
自転車に乗っている少女と、その子の母親らしき女性だった。怖がっている娘と、優しい笑顔のママ。近所の広い場所で、自転車に乗る練習をしているのだろう。彼女たちを見てホッとした私は、心の中で「頑張れ」と言いながら先を進んだ。
そんな私は自宅に向かいながら、あることを思い出していた。
「あの子と話さないで!」
小学六年生だったとき、クラスメートの女子Aが言っていた台詞。その言葉を初めて聞いた後に「どうしてそんなことを言うのだろう」と不思議に思った。だから私は「何で?」とAに返した。するとAは言った。
「あの子、ウザいから! 喋っちゃダメ!」
よく分からないなあ、というのが正直な感想。なぜならAは「話さないで」の対象となるBと仲良しだからだ。AとBは同じ友達グループである。そして私は、別の友達グループに属していた。
しかし私は、そのときのAの圧がすごかったので「う、うん」と、つい答えてしまった。今の私なら「何それ? 意味が分からない」とストレートに伝えられるだろう。
当時Aとは比較的仲が良かったため、私は素直にAの指示に従うことにした。とりあえず、Bとのコミュニケーションが必要とならないように行動してみよう、と心に決めた私。
だが、その直後に私は予想外の光景を見てしまう。
「やっだぁ~、もうBったら!」
「えへへ」
あんなに強く「あの子と話さないで!」と私に言ったAが、もうBと話していたからだ。私が「え?」と思っていると、Aは教室を出た。そして、一人になったBの元へと私は急いだ。
「ねぇB、私さっきね」
「ん? どうしたの?」
「実はさ……」
「うん」
私はBに、Aのことを話した。その結果、
「ああ……とうとうAは、あなたにもそう言うようになったんだね……」
と、Bは呆れていた。「どういうこと?」と私が言うと、Bは丁寧に説明をしてくれた。
「それね、Aの悪いクセ。昔からやっているんだ。あの子と自分は喋るけど、あんたはダメってやつ。ツッコミどころアリアリで、もう私らのグループでは定番ネタっぽくなっているよ」
定番ネタ……。
ますます気になり、私はBと会話を続ける。
「そ、そんな笑い話にして大丈夫なの?」
「うーん、どうだろう。そろそろ野放しにしちゃ危ないかもしれないねー」
「ふ、ふーん……」
「ちゃんと注意したいけど……Aの圧って、やばいよね?」
「あ、やっぱりそうだよね!」
「うん。それで、やめさせることが不可能って感じかなぁ。先生に相談も難しいよ」
「大変だね……」
「私の予想では、Aってワガママな淋しがり屋なんだと思う。常に自分だけを見ていて欲しいから、色々な人に『あの子と話さないで!』をやっちゃっているんだよ」
「……へー……」
「まあ、あんまり気にしないでね。どうせ私らが喋っているのを見ても、その場でAが『何で話すの?』って怒ることはないから。二人きりになったら『話すなって言ったよね?』とか始まるけどね。でも圧以外全然、大したことない。その時間に、ちょっと耐えるだけ」
「分かった。教えてくれて、ありがとう」
「いえいえ~」
これでBと私の話は終わった。Aは厄介だなあ、と思いながら私は自分の席へと戻った。私が着席すると、教室に戻ったAの「ねぇねぇB~!」が聞こえてきた。やれやれ。
その翌朝、調子に乗ったAが学級委員のCに「Bと話さないで」と言って「そんな意地悪するな!」と叱られる展開が来る。
ちなみにCは、私の親友だ。あの日、私はCに「Aって、そういうことするんだって」と下校中に情報提供したら「それなら明日、注意する」と即答された。強い。
自分よりも強いCに怒られたAは、それから大人しくなった。CのおかげでAのクセはピタッと止まり、Bたちも驚いていた。そして喜んでいた。笑い話にしていたBたちも、やはり本当は困っていたのだろう。
「はーあ」
小学生時代のことを思い出し、ため息を吐いてしまった。噂によるとAのクセは高校で再発し、それが原因でAは学校を中退したらしい。クセを披露したAは、あっさりクラスの嫌われ者と化してしまったとのこと。今の私なら「お前、頭おかしいから病院に行きな」とAに言ってしまうかもしれない。
成人した現在、Aはどこで何をしているのだろう。それは大人になった私も、今でも私と仲良くしてくれているBもCも知らない。
どうしてそんなことを言うのだろう 卯野ましろ @unm46
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。