第29話 ノヴァレインの絶望

 私は光魔法の調査のため、ルナティカへ向かっている。

 戦いが目的ではないので、ゾルトと親衛隊の半数を警護役として連れている。


 今日はノヴァレインに宿泊予定だ。

 王都への帰還の際にも立ち寄ったのだが、この町には町長が買い占めを行っているという問題があった。

 即位後に施行した法律で禁止したが、果たして効果は出ているのだろうか。


 だが、私の期待は見事に裏切られた。

 むしろ、前回に立ち寄ったときよりも住民の顔色が悪い。


「ゾルト……これって、やはりあの町長が原因なのかしら?」


「そうかもしれません。聞き込みをしてみましょう」


 住民に原因を尋ねるが、町長の名前を出したとたん、皆顔をそむけて立ち去ってしまう。

 どうしたものだろうか……。


「ゾルト、これでは状況が分かりませんね。どうにか不正の証拠を掴む方法はないかしら?」


「陛下、馬車にある食料や酒は多めに積んであります。この一部を適正価格で販売するのです。そうすれば町長一派が何か動き出すのではないでしょうか」


「それは良い案ね。いっそのこと、町長の家のそばで露店を開きましょう」


 露店の経営は親衛隊の1人に商人の子がいたため、彼にやってもらうこととなった。

 私とゾルトは町長に顔を見られているので、陰からこっそり様子を伺うこととした。


 目論見通り、町長が手下を5人ほど連れてやってきて、文句をつけ始めた。


「おい、誰の許可をとってここで商売している!」


「許可?新たに施行された法律では、3年間は商売の許可が不要となっているはずだ」


「そんなこと知ったことか!この町では俺様が法律なんだ。無許可で商売しようとした罪で全て没収する」


 店主役の隊員が全ての商品を没収され、露店から追い出された。

 ここまでは想定通りだったのだが、町長は手下に指示し、その場で値札の額を変更して、そのまま商売を始めてしまった。


「陛下、これは酷いですね。証拠を抑えましたので取り押さえましょう」


「そうですね。ゾルト、任せましたよ」


 ゾルトは親衛隊を連れて露店に行くと、町長と手下をまとめて取り押さえた。

 激しく抵抗はしたものの、ゾルトに敵うはずもなく地面に押し付けられている。


「貴様ら!俺を誰だと思っているんだ。早くその手を離せ」


「お前が町長だということはよく知っておるぞ。お前たちこそ、我々が誰か分かっていないようだな。我々は魔王様とその親衛隊だ!」


「な、なんと……陛下の御一行でしたか。しかし、私たちに何の落ち度があってこのような仕打ちをなさるのか!」


 往生際が悪いとはこのようなことをいうのだろう。

 あくまでもしらを切るつもりだ。


「黙れ!お前たちの行動をしっかり見せてもらったぞ。さっきお前たちに荷物を没収されたのは我が親衛隊の隊員なのだ」

「貴様らは無許可で商売できること、高額転売を禁止すること、専売商品の価格吊り上げを禁止する法律に違反し、民の荷物を強奪までした。これは許しがたい」


 ゾルトが大声で怒鳴る。

 オーガ族の大声は本当に怖い。


「な、何かの間違いです。お許しを」


「ならぬ。貴様らは法律通り、この場で処刑となる」


 この騒ぎを聞きつけ、町長の家から町長夫人とその子供が出てきた。

 ゾルトの前にひれ伏すと、額を地面に擦り付け、大声で泣きながら助命の嘆願を始めた。


「どうか命ばかりはお助けください。主人は法律に疎いだけで背くつもりなどありません」

「どうか、パパをお助けください。何でも言うことを聞きます」


 私は見ていて気の毒になり、ゾルトに駆け寄った。


「ゾルト、もういいだろう。彼らの身柄は王都に護送し、懲役刑としよう」


「陛下、それはいけません。感情で法を曲げては示しがつきません」


 だが、私には子供が親のために泣きながら額を地面に擦り付けている姿が痛々しく思えたのだった。


「ゾルト、頼む……」


「分かりました。陛下に従います」


 ――


 こうして、私は町長と手下を許したのだが、思いがけない事態を招くこととなってしまった。

 その夜の就寝中、ゾルトによって私は起こされた。


「陛下、大変です。町長一派が脱走を図りました。手引したのは町長夫人で、さきほど全員捕らえました」


「なんということを……」


「陛下の温情を逆手に取って、脱走を企てたのです。町長一派だけでなく町長夫人も死罪となります」


 私はガクリと膝をついた。

 ゾルトの言った通りだった。感情で法を曲げるとこのようなことに繋がってしまうのだ。


「分かりました……。今度は止めません」


 翌日、町長一派と町長夫人が広場で公開処刑となった。

 町長の子供は泣きながら私を睨みつけ、こう叫んだ。


「何が王だ!この人殺し!いつかお前を殺してやる」

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