第10話 笑顔の価値

 叔父上の一行を撃退した後、私たちは予定通りにノヴァレインを目指して進んでいる。


 叔父上が私の命を狙ってきたことには驚いた。

 かつては優しかった叔父上が、王という権力の魅力によって豹変するなんて。

 私は、民のためならば誰が王であっても構わないと思っているのに……。


「殿下、まもなくノヴァレインに到着します。テオドール様の件、ご心中お察ししますが……その顔のまま町に入らないよう、お願いします」


「スカーレット、私って、そんなに酷い顔をしているの?」


「していますよ。グロリア様は笑顔が一番素敵なのに損をしていると思います」


「笑顔にすれば、もっとかわいく見えるかしら?」


「はい。カワイイ……カワイイ……カワイイ……」


 スカーレットが無表情で繰り返したので、ゾルトが大声で笑い出した。

 ゾルトって真面目でいつも難しい顔をしているのでスカーレットと同類なのかと思っていたけど、案外笑い上戸なのね。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか笑顔になっていたようだ。


「そうです。その表情のままでお願いします」


 スカーレットから合格を貰ったので、頑張って笑顔をキープする。

 笑顔って顔の筋肉をこんなに使うのですね。


 ――


 私が顔を若干引き攣らせながら門をくぐった瞬間、町の異様な雰囲気に気が付いた。

 誰も笑っていない……。

 それどころか、酷く落ち込んでいるような顔をした人ばかりなのだ。


「スカーレット……これは一体どういうこと?」


「分かりませんね。何か事件が起きているのでしょうか……。このままでは殿下が馬鹿みたいに見えてしまいますね」


「……。町長の所で事情を聞きましょう」


 私は、必死に維持していた笑顔をやめた。


 町長の家では、住民と町長が言い争いをしていた。

 警備兵は必死に止めているが、住民の怒りは一向に収まらないようだ。


 まだまだ時間が掛かりそうだということで、先に宿を確保して町をぶらつくことにした。

 驚いたことに宿の値段が相場の5倍程度になっている。

 宿だけでなく、食料や家具など様々な価格が暴騰しているようだ。


 叔父上の馬車には大金が積まれていたので、当面はお金の心配はないのだけど……一体何が起こっているのだろう。


「殿下、争いの原因はこの価格上昇かもしれませんね。特に食料の価格が住民の生活水準を大幅に超えているのが問題ですね」


「マジェスティアやノヴァレインではこのような問題は発生していなかったはずよ。この町には何か問題があるのでしょう」


「もう少し、原因を探ってみましょう」


 再び町を回り、暗い表情を浮かべている人々に聞き込みをしてみると、意外な原因が明らかになった。


 なんと、町長が食料を買い占めているというのだ。

 町民を守るべき立場の町長が町民を食い物にして私腹を肥やしているなんて!


 私は怒りに任せて町長の家まで走った。

 町長の家ではまだ言い争いをしており、警備兵が力づくで排除しようとしていた。


「ちょっと!乱暴はやめなさい。そもそも町長が買い占めをしているのが悪いのでしょう!」


「なんだ、この女……。私は自分のお金で欲しい物を買っただけ。違法性は全く無いのだ。何が悪い!」


 町長は開き直った態度で私を怒鳴りつけた。

 こいつは許してはおけない……と、そう思った瞬間。


(殿下、ここは引き下がりましょう)


 スカーレットが耳元で囁いたと思うと、ゾルトが私をひょいと持ち上げると、肩に担いで宿まで引き返してしまった。


「スカーレット!ゾルト!なぜ止める!」


「あの者は悪人ですが、確かに違法ではありません。ここで争っていても解決はできないと考えます」


「では、あの男を野放しにしろとでも言うの?」


「そうではありません。このような事態になったのは、王都が壊滅的な被害を受けているのが原因です。戦争に敗れ、食料が不足していることが誰の目にも分かる状態で陛下がいないのです。一体どうなると思いますか」


「なるほど、無法地帯になったのは必然ということか」


「はい。恐らくですが、王都に近づくほど、このような状態が起きているはずです。ですから、この町だけ解決しても国民を救うことはできません」


「難しいものね……。では、どうすればよいかしら?」


「一刻も早く王都へ帰還し、新たな法律を制定することです。本日はここに泊まるとして、明日以降は野宿をしながら一気に駆け抜けましょう。王都まで馬で3日程度の距離ですから、あと少しの辛抱です」


「そうね。できるだけ早く即位して、このような状態を救わなければなりませんね……。ゾルトもそれで良いかしら?」


「はい。拙者は殿下の判断に従います」


 辛い選択だった。

 私は、苦しむ住民を助けることができない自分の無力さを痛感した。

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