第9話 冷静なる守護者

 私は魔将軍ゾルトを配下に加え、次の都市ノヴァレインに向かっている。

 出発にあたり、ゾルトが20人の兵士と輸送用の馬車を2台用意してくれたので、旅は少しだけ快適となった。


 しかし、魔界は荒野が広がり、困難が多い。

 せっかくマジェスティアでお風呂に入ったというのに、また砂だらけだ。

 母の着物を汚すまいと、ルナティカを出発した際の服に着替え直した。


「荒野が多いということは、食糧生産に向かない地域が多いことを意味しています。魔界の荒野は瘴気が含まれているので植物の育成に影響があるのです」


 私が愚痴をこぼしていると、スカーレットが真剣な表情で解説を始めた。

 普通の女子なら、こういう愚痴には同意してくれるものだと思うのだけど……。


 スカーレットは美女だと思うのだけど、女子力は皆無だと思う。

 いつも冷めた目をしているし、綺麗な服やスイーツにも興味は無いようだ。


「ですから、即位後は農地改革を行い食料生産高を増やしていく必要があり……」


 あ、まだ続くのか。この話、どれくらい長いのだろう……。

 面倒な話だなと思いつつも、ゾルトが言っていたように大飢饉が人間界侵攻の原因なのだとしたら、食料の増産は急務となりそうだ。



「殿下、前方に誰かいるようです」


 ノヴァレインへの道中も半分というところで、ゾルトが誰かに気付いたようだ。

 近づいてみると、どうやら叔父のテオドール一行が休憩をしているようだ。

 私達と同じように王都エルシリウムを目指しているのだろうか。


「おお、グロリアではないか!大きくなったものだな。以前にあったときはこのくらいだったのに、時の流れは本当に早いものだな」


「おひさしゅうございます。ご息災でなによりです。叔父上も王都に向かわれるのでしょうか?」


「そうだ、我々も王都に向かっている。王都に行って、私が王に即位するためにな!」


 叔父上はそう言い放ち、剣を抜いた。

 私へ向けられた剣先がキラリと光った。


「殿下!」


 ゾルトが私と叔父上の間に割って入ろうとしたが、フード姿の男が立ちはだかる。


「邪魔だ!どけっ!」


「久しぶりだな、ゾルト……」


「その声は……ヴァルゴンだな!」


 ヴァルゴン!四天王筆頭にして、父上から長兄マシューを守るよう命令されていたはずだったが、生きていたのか!

 豪傑のゾルトといえども、四天王筆頭のヴァルゴンには互角どころか手に余る存在だ。


「殿下、お逃げください!ヴァルゴンは拙者がなんとか抑えます」


「ほほう、ゾルト。なかなか腕を上げたようだな……。だが、その程度では俺を抑えることなど不可能よ!」


「ヴァルゴン、貴様なぜここにいるのだ!マシュー殿下を守る命令はどうした!」


「貴様は相変わらずクソ真面目だな。マシュー殿下は勝手に敵に兵を挙げて死んでいったんだ。今はテオドール殿下を即位させるべく共に行動している。貴様も軍門に下れ!」


 私は必死に逃げ回っている。ゾルトの助けが期待できないなんて。

 これはマズイ……。

 体中から嫌な汗が吹き出してくるのを感じる。


「グロリア死ね!」


 私が追い詰められ、叔父上が剣を振り上げようとしたその瞬間……。上空に数十本の矢が現れ、一斉に叔父上の体へ降り注いだ。

 さらに新たな矢も現れ、敵の兵士を次々に貫いていった。


「殿下、ご無事ですか!」


 スカーレットが駆け寄ってきた。

 この矢の正体はスカーレットの魔法だった。

 叔父上は全身穴だらけとなり、目の前で絶命している。


「なんと、テオドール殿下が敗れるとは……。ゾルト、次は勝てると思うなよ!」


 叔父上が倒れたのを見て、ヴァルゴンと生き残りの兵は逃走したようだ。

 こちらの兵も被害が出ていたため、追撃は止めた。


「殿下、お守りできず申し訳ございません。拙者の力ではヴァルゴンを抑えるだけで一杯でした」


「ゾルト、お前がいなければヴァルゴンに討たれていたかもしれない。抑えきっただけでも見事だ」


「ありがとうございます。それにしても、スカーレット殿の魔法……見事でございました」


「テオドール様は殿下がゾルト殿を家臣としたことを掴んでおり、ゾルト殿にヴァルゴンを当てることを考えたのでしょう。ですが、私のことは存じなかったご様子ですね。ヴァルゴンという強い手駒がいたことで油断したのかもしれません」


 スカーレットは涼しい顔でそう言った。

 私は嫌な汗を拭きながら、どんな状況でも冷静さを保つ彼女の姿に心から感心した。

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