第2話 戦いの果てに広がる静寂

 その日の夜、私は鬨の声によって叩き起こされた。

 慌てて着替えて屋敷を出ると、革鎧姿のセリアナが駆けてきた。


「何事だ、セリアナ!」


「殿下、山賊の襲撃です。危険ですから、避難してください!」


 こんなタイミングで山賊とは……。

 いや、違うな……。こんなタイミングだから襲撃してきたのだ。

 父上が討たれたという情報は魔界中を駆け巡っているに違いない。


「私も戦います。多少は魔法の心得があるので、戦力になるはずです」


 私は小さなマジックワンドを握りしめた。

 初めての実戦になるだろうが、やるしかないようだ。

 だが、怖い……。杖を持つ手が小刻みに震える。


「いいえ、殿下、避難してください。ガイランド!殿下を地下室に避難させて!」


 セリアナは私の様子を見て、戦闘は無理だと判断したのかもしれない。

 私はガイランドに引きずられて、集会所の地下室に避難させられた。

 既に地下室には、年配者、子供、女性など、戦えない人が所狭しと詰め込まれていた。


 私は入り口近くで杖を構えた。

 山賊がここまで来た場合は、私が守らねばならない。

 そう自分に言い聞かせるのだが、やはり震えが止まらない……。


 外からは剣と剣のぶつかり合う音が絶え間なく聞こえてくる。

 私がこうして震えている間にも、私達のために衛兵が戦っているのだ。


 やがて、外の音が止んだ。

 2~3時間程の戦闘だったはずだが、私には永遠のようにさえ感じられた。

 入り口が開かれ、外に出た私は……思わず息を呑んだ。


 あの美しい村が襲撃によって、変わり果てていた。

 燃えている家、道に沿って倒れている兵士と手当てをする者、破壊された倉庫、そして山賊の死体。


「殿下、ご無事でしたか……山賊はなんとか撃退できましたが、この有様です」


「ガイランド……お前、その姿……」


 ガイランドは他の兵士と並んで道に横たわっていた。

 頭部に怪我をしているようで、包帯を巻かれているが出血で真っ赤に染まっている。


「私はなんとか無事です。それよりもセリアナが……」


 ガイランドは絞るような声でそう言うと、村の中心地を指差した。


「セリアナ!セリアナ!」


 私は必死でセリアナを探した。

 やがて見つけたセリアナは、既に冷たくなっていた。


「セリアナ!目を覚まして!また一緒にケーキを食べるのでしょう!」


 私は必死でセリアナに呼びかけたが、彼女は冷たく、目を開けることは無かった。


 ――


 翌日、亡くなった村民の葬儀が行われた。

 亡くなったのは5名。

 私の親友はその中の1名だ。


「セリアナ……」


 綺麗なドレスを着せられたセリアナに土が被せられていく。

 もう……大好きなセリアナと話すことはできない。


「殿下、昨日の襲撃で山賊の頭と戦ったのはセリアナだったのです。激しい一騎打ちの末、相討ちとなり、残った山賊は撤退しました。私達が今日こうして生きているのはセリアナのおかげなのです……。本当にすごい人でした……」


 包帯だらけのガイランドが、涙を流しながら昨日の出来事を語ってくれた。


「当たり前よ……。セリアナは……強いんだから……」


 私は無力感で潰れそうだった。

 襲撃時、私は震えで動くことができなかった。


 戦うと言った私をセリアナが止めたのは、正しかったと思う。

 もし、私が戦場にいたら、確実に足を引っ張っていただろうから。


 敵の襲撃はこちらの準備が整っていない瞬間を狙ってくるものだ。

 だから、常に備えをしておく必要がある。

 私は多少の魔術を使えるが、実戦を想定した訓練をしていなかった。

 セリアナは私と同じ歳なのに、山賊の頭と戦って相討ちに持ち込み、撤退に追い込んだのだ。

 私と一緒にティータイムを楽しみつつも、日頃から鍛錬をしていたのだろう。


 もし、私が十分な戦闘訓練をしていたとしたら……。

 セリアナを救えただろうか。


 意味のない想像なのは分かっているが、そう考えずにはいられなかった。

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