黒髪の美少女ですが、繰り上がりで魔王になったので徹底的に魔界を改造しようと思います

第1話 魔王死す

 ルナティカの山々は、まるで巨人の腕(かいな)のように村を優しく抱きしめている。

 自然の息吹が満ちるこの地に、私の屋敷は静かにそびえ立っていた。

 3年前、父である魔王グリフォニウスに命じられ、私はこの辺境の地の統治者として赴任した。

 武勇に優れた兄上達とは違い、戦いを好まぬ私には、王都の喧騒から離れたこの穏やかな地が似合いだと、父上は配慮してくださったのかもしれない。


 最初は左遷されたようで気が進まなかった地方赴任だったが、今ではこの生活を愛している。

 遠く連なる山稜が夕陽に染まり、紫紺から茜色へと移ろう空のグラデーション。その雄大な景色をテラスで眺めながら口に運ぶケーキは、至福そのものだ。

 仕事を終えたあとの、この甘美なひとときこそが、私の心を潤す唯一の楽しみと言ってもいい。


「グロリア様、このチーズケーキは絶品と評判ですよ。この村で取れた新鮮なミルクから作ったチーズをふんだんに使っているから、当たり前ですけど」


 向かいの席で、同じようにケーキを頬張っているのは、村長の娘、セリアナだ。

 春の日差しのような笑顔を見せる可憐な少女だが、その細腕からは想像もつかないほど、村内でも有数の剣術と弓術の使い手として知られている。


 同い年ということもあり、こうして他愛もない話をしながらケーキを食べるのが、私たちの日課となっていた。

 統治者と村娘。立場の違いこそあれど、魂の深い部分で響き合う親友だと、私は思っている。


「もちろん知っているわよ。この村のチーズが織りなす濃厚なコクと酸味……このケーキは本当に絶品だわ。魔界中の美食家たちを唸らせるに違いないわね」


 私はケーキにフォークを滑らせた。

 しっとりとした感触と共に切り取られた一片を口に運ぶ。

 舌の上で解けるように広がる濃厚なクリームチーズの味わい。

 甘さは控えめで上品、それでいて後味にふわりと香るバニラの風味が、鼻腔をくすぐる。

 ベースのクラストもサクサクと小気味よい音を立て、滑らかなチーズとのコントラストが、口の中で完璧な調和を奏でている。


「ルナティカの名物になったら素敵ですね。ところでグロリア様、ガイランドってかっこいいと思いません?」


「セリアナはああいう感じの、岩のようなゴツい男が好みなんだ~。ちょっと意外かも」


 ガイランドはこの村の衛兵をしている男だ。

 長身で、彫刻のように整った顔立ちだとは思うが、武術の腕前はセリアナに遠く及ばないことを私は知っている……。


 私とセリアナの女子会が、甘酸っぱい恋バナで花を咲かせていた、その時だった。

 噂のガイランドが、血相を変えて屋敷のテラスに駆け込んできたのは。


「殿下、火急の報告があります!」


 ガイランドの顔からは血の気が失せ、まるで死人のように青ざめている。

 ただ事ではない。

 張り詰めた空気が、先ほどまでの穏やかな時間を瞬時に凍りつかせた。


「ガイランド、何があったの? 息を整えて、話しなさい」


「今しがた王都から早馬による連絡がありまして……。父君……グリフォニウス陛下が、崩御なされたそうです」


「……それは、本当なのですか?」


 言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。

 喉が渇き、声が震えるのを必死で抑える。


「はい、間違いないようです。人間界の勇者セリオス一行との決戦の末、戦死なされたとのこと。王都の損害は激しく、壊滅的な被害を出しているそうです」


 人間界と我らの住む魔界は、5年前から泥沼の戦争状態にあった。

 開戦当初こそ、魔界側の奇襲が功を奏し優勢であったが、3年前に現れた勇者一行の活躍により、戦況は徐々に、しかし確実に傾きつつあるとは聞いていた。


 しかし、我が父、魔王グリフォニウスは魔界最強の誉れ高い、真の強者だったのだ。

 その父が、人間の、たかが勇者ごときに敗れるなど……。

 私にはどうしても、その事実を信じることができなかった。


「そんなバカな……。父上が敗れるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない!」


「報告によれば、人間界の勇者一行は破竹の勢いで王都まで攻め上り、一気に攻め滅ぼしたのだそうです。陛下の親衛隊も、勇者の圧倒的な力の前には赤子同然で、全く歯が立たなかったとか……。とんでもないバケモノなのかもしれません」


「なんということでしょう……。私は何も知らず、王都から遠く離れたこの村で、毎日優雅にティータイムを楽しんでいたというのか……」


 『無知』とは、これほどまでに罪深いものなのか。

 私がのんきにケーキの味に舌鼓を打っていたその瞬間にも、王都は炎に包まれ、勇者一行によって蹂躙されていたなんて……。

 父上は、孤独に戦い、散っていったというのか。


 私は目の前が一瞬にして暗転し、心の中に底知れぬ深い闇が広がっていくのを感じた。

 足元の地面が崩れ落ちていくような、強烈な喪失感。


「セリアナ、ガイランド……私は……私はどうしたらいいの……」


 絞り出した声は、あまりにも弱々しかった。


「お心を強く持ってください、殿下。まずは正確な情報を集め、スカーレット殿の帰還を待ちましょう」


「スカーレット……そうね、あの子がいれば……でも、こんな大事な時にいないなんて……」


 スカーレットは、私と共にこのルナティカへ赴任してきた、私の右腕とも言える側近だ。

 真面目を絵に描いたような堅物だが、頭の回転は誰よりも早く、その実務能力は魔界でも五指に入ると言われている。

 現在は王都に近い都市へ、定期報告の使者として出張しているはずだ。


 私は、スカーレットの無事と帰還に、一縷の望みを賭けるしかなかった。

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