第三十話 翌年
あれから一年が経った。だいぶ情勢的にも緩和された部分が多く、働いているバーにもお客さんを取り戻しつつあった。だけど、今年の夏は迷子に出くわすこともなければ、タイムスリップをすることも無かった。まあそれが「当たり前」なのだろうけれど、振り返るとあの時はまるで、夢を見ていたような気分だった。いや、何か違う。
非日常的で、見たことのある別空間で、でも何だか穏やかで懐かしい部分もあって。美しく例えるならそれは、有名な教会で昔聞いた曲をパイプオルガンで演奏されるような──そんな気がする。
ある夏の夜、大通りアーケードの裏通りにあるバー、【クライオクター】。いつも通り開店し、お客さんもいつも通りそこそこ来る平凡な週末。少しだけ薄暗い店内で、ウヌプラスで働く常連の松田さんがお酒を飲みながら言った。
「ねえ、フジサワちゃん。」
「どうしたんですか、松田さん。」
「ずっと言おうと思ってたんだけど、フジサワちゃんが左胸につけてる蝶の飾りを、似たようなものどっかで見たことある気がするんだよね。」
そう言われ、自分自身の左胸に付けている青い蝶の飾りに目線を向ける。実はこの飾りを、戻ってきてからの初出勤日からお守り代わりに身に着けている。
「いつくらいに見た記憶があるんですか?」
「うーんと、高校生の頃かな? 部活の先輩方とコンクール用の写真を撮ろうとしてた時に、女の子と男性に会ったんだよね。その時、女の子が帽子に付けていたものに似てる気がして。」
確かにそれは事実だ、実際にエミちゃんが付けていたものと似ているものなのだから。しかし、そういうものは意外と覚えている物なのだろうか?
「飲んでるのに珍しくまともですね。」
「珍しく、って何⁉ まあ、その写真がコンクールで入選したから、余計に記憶が残ってるんじゃないかな。」
「そうなんですね。」
「……その男性は、フジサワちゃんに似てる気がするけど」
「え、何か言いました?」
「ううん、何でもない。」
引っ掛かることもあったが、グラスを一杯空にしてから、松田さんは話を切り替えるように話し始めた。
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