第二十話 隣人

 気が付くと、昔暮らしていたマンションのリビングにいた。まさか少女と同じ建物に住んでいたとは驚きだったが、ここなら何か分かる気がする。

 ピンポーン、と、呼び鈴の音が聞こえた。振り向くと、母さんが玄関に行き、ドアを開ける姿が見えた。

「こんにちは。隣に越してきた大町と申します。───」

 ドアの先には、あの少女と少女の両親が立っていた。少女の父が菓子折りを持って、母さんに丁寧に挨拶をしているようだった。

 少女の父を見るのは、恐らく初めてではないが、記憶の中では初めてだった。それにしてもまさかお隣さんだったとは。手がかりがこんなに簡単に掴めるとは。いや、ここからが長い可能性だってある。とにかく、母さんたちの話に耳を傾けよう。

「それにしても、今日は七月二十一日ですよね?どうしてこのような時期に越してきたんですか?」

 母さんが問う。ふとカレンダーを見ると、確かにこの日は七月二十一日。見てきた過去では一番古い。

「以前住んでいたアパートが漏電で全焼してしまい……。奇跡的にケガ人は居なかったのですが。」

 少女の母が答えた。漏電か……それなら誰も悪くない。おまけに、この時期に越してきたのも納得がいく。

「これからよろしくお願いします。まだ分からないことも多いので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……。」

 少女の父がそう言った。少女の両親はこの時の態度からも、丁寧な様子が伺えた。自分の親と比べては申し訳ないが、とてもまともな方だ。いや、これが普通なのだろう。義両親もそうだったし。

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。そうだ、私にも一人息子がおりまして、これから接する機会も増えると思うので紹介しますね。」

 え、嘘だろちょっと待っ

「真優来てー、お隣さんにご挨拶なさい!」

 マジか……。当時の自分はどんな感じで挨拶するのか。恥ずかしいが見ておかなければ。

 あれ、母さんがこっちに来る?

「真優! ぼーっとしていないで、こちらに来て挨拶しなさい。」

「え、あ、うん。」

 今までは、「自分」ではないものから過去を見ていた。でも今回は違う。玄関に行き、姿見をちらっと見て確信した。

 今回は小学五年生の自分になっていた。刺される前に見た、あの当時の姿に。

 これは、自分で体感して思い出せ、ってことか……。

「初めまして…息子の真優まゆうです。宜しくお願いします。」

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