昔話

第十六話 花畑

 再び目を開いたとき、青い花が咲き誇る場所に寝転がっていた。空は吸い込まれそうに青く、外出していた時と変わらないほどだった。

 ああそうか、自分は死んだんだ。花畑で待っていたら、誰か来たりするだろうか。あの世からの使者が来るまで、じっと待ってればいいのか。なぜか勝手に納得してしまう。

 それにしてもなんて美しい景色だろう。青い空、白い雲、咲き誇る花たち、少し遠くにある大樹。この世のものとは思えないほど。

 横を透明な風が通り過ぎる。とても心地いい。こんなに良い景色の後に地獄を見るとしたら、きっとここは最後の安らぎなのだろう。せめてあと少しだけは、この場所に居させてほしい……


 その時だった。目の前を青い蝶がひらひらと舞い、肩に止まった。

 もう迎えが来たのか。蝶に導かれるように立ち上がり、歩こうとしてふと気付く。

 あれ? こういうときって、想像では白い服とか、死装束とか着ていると思ってた。仮にそうだとしたら、どうして刺された時の服なんだろう。血痕もないし、痛くないけど。

 ん? 刺された? 一体誰に? マスクもどこかに消えている。

 ポケットを確認する。財布だけあった。しかし開けてみても、札や硬貨、レシート、カードは入っていない。あったのはただ一つ、少女との写真だけ。

 この少女は誰? 重要な気がするし、何なら撮ってくれた人も大切な気がする。思い出せないまま歩き出すと、肩に止まっていた蝶が先導してくれるように飛んだ。しばらく進むと、大樹の前でぴたりと止まった。相変わらず羽を動かしてはいる。

 真上をよく見ると大樹には時計がついており、時刻は六時を指していた。夕方なら確かに涼しいよなと納得しながら、なぜ木に時計が付いているのかは分からなかった。

 耳を澄ませると、遠くから安らぐような音楽が聞こえてきた。それはだんだん大きくなり、身体を包んでいった。

 この音楽に聞き覚えがある、お昼と夕方に街で流れるものだ。しかし楽器が違う。これは何? 知ってはいる。昔よく聞いたような気がする。

 もう一度写真を見てみる。見ながら音を聞く。

 そうだ! 確かタイムスリップして少女と会って、その際に高校生に撮ってもらったやつだ。そしてこの音楽、間違いない。ウヌプラスで流れていたバージョンだ。全てが懐かしくて泣きそうになる。疑問を抱えつつ写真をしまい、財布をポケットに入れる。右手に蝶が止まり、ひらひら羽を動かす。


 どのように進んでいって、事件はどう解決するのか。そして、あの子や義両親にせめてもう一回会うまでは──死ねない。何としてももう一度だけ会ってやるんだ!

 目線を時計に向けた次の瞬間に音楽はやみ、気が付くとある場所を見ていた。

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