第十五話 真実

「ここにはもう来ないでって言ったよね? 今更何しに来たの?」

「違うんだ母さん! これには訳が───」

「聞きたくないのそんなこと! 私と真優を置き去りにして他の女のところに行って。離婚もしたのに今更帰ってきて何がしたいの?」

 これ、完全に父さんと勘違いしている。誤解を解かなくては。

「父さんじゃない、僕は真優だ! あなたの息子だ!」

「何言ってるの、真優はここにいるでしょう!」

「落ち着いてください!」

 私服警官さんが止めに入ってくれた。何とかなってくれ!

「あんたは誰? 外部が入ってこないで!」

「違います、私は警察です! 落ち着いてください!」

 警官が警察手帳を見せ、母さんは信じたようだった。ふと見ると、エミちゃんとそのお母さんが心配した様子でこちらを見ている。

「警察なんですね! 助けてください。実は離婚した元旦那がここにやってきていて……」

「違う! だから僕は父さんじゃない!」

「まだそんなことを言っているの!?」

「一旦落ち着きましょう。大町さんたち、あなた方は家に入って下さい。部屋番号をメモしてくださったら、後にフジサワさんに向かってもらうので。」

「分かりました。エミ、今大人の事情で大変だから、おうち入ろうね。」

「うん。フジサワさん、まってるね!」

 エミちゃんのお母さんは部屋番号をメモした紙を警官に投げ、彼は見事にキャッチした。それを見た彼女たちは一礼して、建物内に入った。しかしここには少年、もとい幼いころの自分がいた。さすがに自分とバレるわけにはいかない。

「そこの君もおうちに入って! 無理だったら建物内に入るだけでもいいから!」

「嫌だよ。父さんと一緒にまた暮らしたいよ……幸せな頃に戻りたい……」

 昔の自分の言動に心が痛む。改めて考えると、自分の親ながら最低であることが伺える。

「大丈夫、いつかどこかに幸せはある。今は分からなくても、待つのが辛くても、幸せは一つじゃないってわかる日が来る! だから今は家に入って!」

「うん! ありがとう父さん!」

 そうして昔の自分を避難させようとしたが、既に遅かった。


 強い風が吹く本来なら平和な街で、警官の制止を振り切った母親が、今の自分の腹になにかを突き刺した。

「え、なにこれ……」

「あんたはそうやってるのがお似合いよ。警官さん、さあ私を逮捕してください。これは私の勝手ですので──」

 だんだん意識が遠のく。僅かながら、太陽光が腹に刺さったハサミに反射して眩しく見える。目が開かなくなる。それでも今の景色を覚えておくことが必要な気がして、必死に上を向いた。そして、ようやく理解した。


 刺されたのは父さんじゃなく、自分自身だったことに。


 まだ風が強く吹く街に、十八時の音楽が流れる。もう目が開かない。

 さよなら、十五年前の世界。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る