第3話 華やかなチューリップ

 十六時過ぎ。小学生たちがランドセルを背負ったまま、ゲーム機を手に騒いでいる。公園に作られた小さな花壇は、赤、白、黄色のチューリップで埋め尽くされている。まだ蕾の状態のチューリップも、太陽の光を浴びて気持ちよさそうに揺らぐ。

「開けるか。勇希の前で」

「別にいいけど、僕は中見ないからね」

「じゃあ、声に出して読むか」

「僕の前だからいいけど、ほかの人傷つけるようなことはしないでよ」

「今回だけさ。俺、そこまで悪い奴じゃないから」

陽馬は白い歯を見せながら笑う。

「陽馬は悪い奴には、多分なれないだろうね」

「何で、そう思うんだよ」

「根が優しいから。僕は、陽馬が悪い奴になったら困るな」

「そっか。勇希が困るのなら、俺は絶対に悪い奴にはならない。そう誓える」

上空に向けて突き上げられた拳は、まっすぐで美しい。

 陽馬は手紙を開くなり、「三好君へ 私は隣のクラスの―」と、本当に声に出しながら内容を読み始めた。僕はそれを静かに聞く。ブランコが鈍い音を響かせる。

「えーっと、『私は、あなたに一目惚れしました。明日の放課後、隣の空き教室で待っています』だってさ」

「陽馬。それ、もう告白されるやつじゃん」

「明日の放課後、か」

「なんか用事でもあるの?」

「いや、勇希と帰ること以外は特に」

「じゃあ、行ってあげた方がいいかもね」

「面倒だけど、まぁ、今回だけだろうから、仕方なく。行くか」

「僕は教室で待ってるからさ。告白されて来なよ」

「おう。勇希より先に告白受けて来る」

陽馬は手紙を封筒に入れ戻し、リュックに片づける。

「あ、もうこんな時間か。俺、スーパーに買い物行く用事があるからさ」

「わかった。じゃあ、急いで帰ろう」

小学生たちは、まだゲーム機を持ち、遊んでいた。でも、その背中からランドセルが脱がされていた。


 朝から小康状態が続く雨。ベランダの柵は雨粒で濡れていて、ピチャッという音を立てて落下していく。

「じゃ、行ってくる」

「僕のこと、気にしなくていいから」

「おう」

陽馬は僕に手を挙げて教室を出ていく。異様なほど堂々として歩くその姿は、同性から見ても格好のいいものだ。

「勇ちゃん、転校生君と仲良さそうだね」

千夏が自分の席から声をかけた。

「いや、そんなことないよ。ただ気が合うから一緒にいるだけだよ」

「へぇー、勇ちゃんにしては珍しいなぁ」

「何がだよ」

「そこま気が合う人、私以外いないと思ってたから」

高い位置で結んでいた髪を解く。

「千夏は、また別。幼馴染って関係は、いつになっても変わらないから」

「あのさ、勇ちゃん。私たちって幼馴染以上の関係になれないの?」

千夏の長い髪がふわりと揺れる。

「なろうと思えば、なれるよ」

僕は陽馬のような甘い声を出してみる。しかし、陽馬ほど心が強くなく、恥ずかしさのあまり、顔が熱くなる。

「冗談だよ、今の聞いてないことにして」

千夏は僕の肩を叩き、両手で顔を覆った。少し乱れた髪の間から見える耳は、少し赤らんでいる。

「今から部活だから、じゃあ」

「頑張れよ、またな」

千夏はカバンを両手で抱え、走って教室を出て行った。そして、教室に残るのは僕だけになった。まだ止みそうにない雨が降る空をぼんやり眺める。下を見ると色とりどりの傘が乱舞している。

「お待たせ。帰ろうぜ、勇希」

振り返ると、陽馬は晴れ渡るような表情で仁王立ちしていた。

「どうだった?」

「断った」

「え、えっ、断った?」

陽馬の浮かべる表情と、僕の考えはすれ違っていた。勝手に付き合うものだと思っていただけに、驚きが隠せない。

「うん。だって、あの子には俺以外にいい人見つかるだろうし」

「大人だね、陽馬は」

「いや、普通あり得ねぇから。昨日今日来たばっかの男に一目惚れして、いきなり告白するとか」

陽馬の口から出た毒舌が、なぜか僕の胸を突き刺してくる。

「なんて言って断ったの?」

「『君に俺は似合わない。ほかに似合う人がこの先現れるから大丈夫』って」

「決め台詞みたいだね。それより、相手はどんな反応してたの?」

「あー、確か『わかった。ありがとう』とだけ言われたな。そのあとの様子は知らない」

僕らの教室の前を通り過ぎる女子たち。その中心にいたのは、昨日、玄関で胸に手を当てていた女子だった。

「陽馬がさっき告白されて振った相手って、もしかしてあの子?」

「ん? あ、そう」

どこか適当な感じで答える陽馬。振られた女子はどうやら泣いているようで、周りの女子たちが囲むようにして慰めている。

「これで十一人目なんだよな。告白されたの」

「前のところでもモテてたんだね。やっぱり」

「俺がモテる要素は顔だけだから」

自分の顔を指差す陽馬。でも、それが自慢しているようには思えない。

「そんなことないって。僕は、陽馬の性格とかも、モテる要素のひとつだと思うんだけどな」

「いやいや、それはないって。まぁ、言われて嬉しいけど」

陽馬の表情筋が緩む。

「時間もアレだし、早く帰ろうぜ。遅くまで教室にいたら怪しまれる」

「だな。待っててくれてありがとな、勇希」

陽馬は右手を挙げてきた。僕はそれに応えるように右手を挙げ、ハイタッチをする。弾く音は強まる雨によって掻き消されていった。

 大きな水溜まりがいくつもできた公園を二人横並びで歩く。花壇に咲くチューリップは、雨に打たれながらも耐えていた。

「なあ、勇希はさ、チューリップの花言葉って知ってるか?」

陽馬はチューリップに傘を向けてしゃがみ込む。

「知らないよ。陽馬は知ってるの?」

「おう、一応ここには入ってる」

こめかみ辺りを指で二回叩く陽馬。

「じゃあ、教えてよ」

僕は陽馬の隣にしゃがむ。

「白は失恋。黄色は望みの無い恋。赤は…」

「赤は…?」

「ここまで出てきてるのに!」

今度は喉の辺りを指でなぞる。

「忘れたならいいよ」

「思い出したら教えるから」

「わかった」

陽馬はポケットからスマホを取り出し、赤のチューリップだけを何枚も撮影する。

「何してるの?」

無我夢中で赤いチューリップだけを撮っていく陽馬。僕の問いかけは傘に当たる雨によって消されたようだった。

「ねぇ、陽馬」

そう呼びかけたとき、陽馬は傘を斜めにし、輝きに満ちた瞳で僕のことを見てくる。

「なぁ、勇希。俺からの思い、受け取ってくれるか?」

見せてきたスマホの画面には、雨粒に濡れて輝く、赤のチューリップが写っていた。


 「明日は遠足に行く日だ。服装は指定の体操服。普段履いている運動靴で来るように。それから、おやつについては、前に渡したプリントに書いてある通りだからな。何か質問があるなら、今聞いておくように」

「先生! バナナはおやつに入りますか?」

千夏が、誰もが一度は疑問に思うだろう質問を、久保先生に投げかける。

「バナナは、おやつではありません。持ってこないでください」

「え、じゃあ、他のフルーツならいいんですか?」

「ダメだ。プリントに書いてあるだろ? 今日帰ってからちゃんと熟読しておくこと! 以上」

生徒は「えー、バナナっておやつじゃないの?」などと口にする。

「明日、朝九時に生徒玄関に集合だからな。いいか」

「はい」

盛り上がる教室内を一気に静寂へと連れていった久保先生。

「では、また明日。日直、号令」

 久保先生が教室を出て行ったあとも、千夏を含めた一部の生徒によって、バナナはおやつに入るのか、入らないのかの論争が繰り広げられる。

「勇ちゃんと、転校生君はどう思う?」

「僕はその人に主観によるんじゃないかなって思うけどな」

「俺も、右に同じく」

「えー、それ答えになってないよ」

拗ねた表情をする千夏。

「別にいいだろ。陽馬、帰ろう」

「おう」

「先帰るの? ズルい!」

「明日の準備があるんだよ。ほら、千夏だって部活だろ? 早く行けよ」

「言われなくたって、分かってますぅ」

「はいはい」

カバンを背負い、千夏に「また明日な」と言うと、「うん、またね」と機嫌よく返してきた。千夏のアップダウンが激しい気分は、一種のジェットコースターに乗っているように感じる。

 「勇希はさ、明日なんのおやつ持ってくか決めてんの?」

「チョコは溶けそうだから、ってことで煎餅。配ろうと思えば配れるし」

「煎餅か」

「陽馬はどうなの? 何持っていくか決めた?」

「俺は、弁当以外は何も持っていかない」

「え? そうなの?」

信号が赤に変わり、車が目の前を通り過ぎていく。

「甘いの苦手だからさ。だからって辛いのを持っていくのもなって」

「そっか。じゃあ、仕方ないね」

「だから、誰かがお菓子の交換しよう、なんて言ってきても断る」

「潔いね。クールだね、陽馬」

動いていた車の流れが止まる。

「明日はスマホの使用許可が出てるから、みんな写真撮るって盛り上がってたね」

「そういや、盛り上がってたな」

「陽馬は写真撮る?」

「いや、全然撮らないな。勇希は?」

「僕も。何を撮っていいのかわからないから」

「だよな」

カラスが上空で鳴いている。

「あー、明日の遠足、面倒過ぎて嫌だ!」

空に向かって叫ぶ陽馬。夕暮れの下、僕らは空に向かって笑いだした。


 「おはよう。今から出欠確認を取っていく。その場で待つように」

紺色の体操服に身を包んだ生徒の中には、いつもと違うリュックを背負い、何かを意気込んでいる姿が見られる。

「全員の出席確認が取れたので、今から、目的地に向けて出発するぞ」

いつも面白いネクタイを結んでいる久保先生は、緑色のアウトドアハットに、黄色い登山用のパーカー、薄茶色のズボン、茶色のシューズという、まとまりがあるのか無いのかわからない服装をしていた。

 目的地に向かう道中、僕はいつものように陽馬と会話を交わす。ほかの生徒もそうであるように。

「今から、この道を行きます。急な坂道とかもあるので、怪我だけはしないように」

黒い頭髪に紺色体操服を着た集団が山道へと入っていく。目的地の自然公園に向かう道は、僕が小学校低学年のときに、危険だからという理由で道幅が広げられる工事が行われた。広げられる前に一度、家族で登ったことがあったが、工事されたあとも、そこまで広がったようには感じられなかった。これでも歩きやすくなった方なのか、と一人で納得する。

 自然公園に着いたとき、時刻は既に十一時を回っていた。予定では十時半には着くようになっていたが、話しながらゆっくりと歩く生徒がいたり、坂道に苦戦する女子生徒が多く、到着までに二時間も要していた。

「予定より三十分遅れだが、今から、ここから見えるモノについての観察をしてください。植物でも、生き物でも、建物でも構いません。制限時間は十二時のチャイムが鳴るまでだからな」

「はい」

「じゃあ、どうぞ」

リュックに入れていたバインダーを取り出し、用紙にシャーペンで日付を記入する。観察日誌と書かれた用紙には罫線が引かれていて、観察したもの、特徴などを記載できるようになっている。

「陽馬は何を観察するの?」

「俺は、景色。あとは、勇希の表情」

「景色だけじゃなくて、僕の表情も?」

「植物にも、生き物にも、建物にも興味がない。ほかの人と被るのも嫌だからな。勇希は何観察するか決めてないのか?」

「うん。何も決めてないよ」

周りは、自生している植物や、大きな建物を観察し、スマホで写真を撮ったりしている。

「じゃあさ、俺のこと観察してくれない?」

「えっ、え、陽馬を?」

「だって、決まってなんだろ?」

「決まってないけどさ、でもいいのかな、人を観察しても」

「大丈夫。俺も勇希を観察するんだから、一人じゃないぜ?」

「そっか。じゃあ。安心できるかも」

何を観察するか決まらない生徒は、教師を頼っている。

 「こっち行くぞ」

陽馬に手を引っ張られ、敷地内で周りに生徒もいないベンチに座る。

「景色を観察しているフリをして、互いを観察する。それでどう?」

「いいね、そうしよう」

遠くから聞こえる生徒たちの声も聞こえなくなり、静寂の中の世界に引き込まれた。陽馬はただ静かに僕の表情を観察する。

 熱中し続けた約一時間。正午を告げるチャイムが、山の近くにあるスピーカーから、少し遅れて耳に届く。

「はい、時間になったぞ。広場に戻って来るように!」

久保先生が拡声器を使って僕らに知らせる。

「陽馬、観察できた?」

「おう。バッチリ。勇希は?」

「僕も、できたよ」

「よし、戻るか」

「だね」

陽馬はまた僕の手を引いて、集合場所に戻る。周りの生徒からは「何やってんの」などと揶揄されたが、別に嫌な気分にはならなかった。このまま二人で逃げ出してもいいのに。

 「お疲れ様でした。今から一時間の昼休憩を入れる。昼休憩が終わってからは場所を移動して、予定通り、この町の歴史を知れる建物の見学に行きます。いいか!」

「はい」

「では、各自決められた範囲内で昼食を取るように。以上、解散」

騒ぎながら昼食を食べる場所を探す生徒。早くここから逃げたい。そう思ったとき、「またあの場所で食べないか?」と陽馬が聞いてきた。それに対し、僕は即座に「うん」と答えた。

「行こうぜ」

陽馬に手を引かれるまま、ベンチまで走った。吹き抜けていく風は、木々を揺らし、落ちた葉で遊ぶ。

 ベンチに座り、背負っていたリュックを地面に寝かせ、ちょっとしたスペースにお弁当を広げる。

「勇希のお弁当、美味しそうだな」

陽馬が母手作りの弁当を覗き込むようにして見てくる。

「陽馬、お弁当は?」

「…、持って、きてない」

「もっ、持ってきてない?」

「おう。でも安心してくれ。忘れたとかじゃないから」

「いやいや、安心もなにも、持ってきてないなら安心できないよ」

「大丈夫。食べなくたって平気だから」

陽馬は気丈に振る舞っているようだが、全然そうは見えない。

「僕のお弁当、一緒に食べてくれない?」

「ん?」

「お弁当が、『陽馬にも食べて欲しい』って話してる」

「声色変えてまで、俺に食べて欲しいのか?」

「いや、二人で食べたほうが美味しいかなって」

平然を装っていた陽馬の表情が、花が咲いたようにパッと明るくなる。

「仕方ないな。じゃあ、買おうかな」

「うん! 食べたいのどれ? あ、お母さんが作る唐揚げ、すごく美味しいんだよ」

「もらおうかな。あ、でも箸無いんだった」

「そんなこともあろうかと、予備のお箸持って来てるんだ。割り箸だけど、よかったら使って」

「どこまで気が利くんだよ。天才かよ」

笑う陽馬を独り占めできていると思うだけで、胸が跳ね上がるほど嬉しくなる。

「あと、これもどうぞ」

「これ、卵焼き?」

「お母さん特製のだし巻き卵。甘くないから、陽馬でも食べやすいかも」

「ありがとう」

僕の弁当箱に詰まっていたご飯とおかずの三分の一を弁当の蓋に盛り、即席のお弁当を作り上げた。

「いただきます」

小さな蝶が優雅に舞い踊る。

「ほんとだ、唐揚げ美味しい」

「でしょ? 今度はできたても食べて欲しいな。冷めても美味しいんだけど、熱々なのも絶品だから」

「おっ、それは楽しみだな」

嬉しそうに笑っている陽馬を見るだけで幸せになる。この気持ちの答えを、僕はまだ知れそうにない。

 昼休憩を終えた生徒は、教師の先導により来た道を戻り、途中にある歴史を学べる資料館へと足を踏み入れた。そこでは約一時間、この町がどうやって形成されたのか、どんな歴史を歩んできたのか、そういったことを職員の人が丁寧に説明した。

「以上で説明を終わります。三十分程度の自由時間を設けていただいておりますので、館内をご自由にお楽しみください。写真撮影も可能となっていますので、是非」

「はい。今お話しいただいたように、ここから三十分は自由時間だ。ここで学習を深めるように努めること。では、一旦解散」

 久保先生の合図で、あらゆるところへと散らばっていく生徒たち。中には関心を持って資料を強い眼差しで見つめる生徒もいたが、ほとんどが写真を撮ることに夢中になっていた。

「あーゆーの、俺苦手。周りの人のこととか、何も気にしてる感じないだろ? 邪魔になってることに気付いてないのかって言いたい」

「直接強い言い方で言うのはダメだけど、僕も内心はそう思ってる。自分たちのことしか考えてないよね」

僕と陽馬が視線を送り過ぎたのか、周りのことを考えずに写真撮影をしていた女子四人が、スマホを持ったまま近づいてくる。

「ねぇ、陽馬君。一緒に写真撮ってよ」

「ごめん。撮らないから」

「えー、なんでよー」

「俺、写真嫌いなんだよ」

「嫌いなの? 残念だなぁ。一緒に撮ってもらったら盛れると思ったのに」

「盛れるとか、そんなの関係ないから」

「えー、陽馬君ドライ過ぎるって」

またも周りを考えずに騒ぐ女子たち。陽馬は見向きもしない。

「勇希、行くぞ」

「え、どこに?」

「いいから」

陽馬はン僕の腕を掴み、出口の方へと早歩きで向かう。付いて来ていた女子たちも、途中で諦めたのか話し声が段々と遠ざかっていく。

「ここなら、いいだろ」

資料館の外に出た僕たち。周りに生徒はいなかった。

「ね、写真苦手な理由、他にもあるでしょ?」

「え、なんでそう思うんだよ」

「何となく?」

フッと笑った陽馬は、「お見通し」と呟いた。

「じゃあ、教えてよ。写真が苦手な理由」

陽馬は軽く咳払いする。

「母親が写真を撮るのも、撮られるのも嫌いって昔言ってて。その影響が一番強いんだ。だから、俺の子供のころの写真は、ほぼゼロ。笑うだろ?」

「そうなんだ」

「俺は、自分の眼で見たそのときの景色を残したい。自分の鼻でそのときの匂いを覚えてたい。自分の耳でそのときの音を感じてたい。何か食べたときには、自分の舌で味を楽しみたい。何かに触れたときには、自分の手と足でその瞬間を面白がりたい」

風に舞う葉っぱが陽馬の頭の上に乗る。

「だから、俺は写真を撮らないし、一緒に撮りたいとも思わない。これが本当の理由」

「カッコいいな。僕はそんなこと、今まで考えたことなかったよ」

葉っぱを手でつかみ、ひらひらさせる。

「でも、集合写真とかはどうしてたの?」

「背のデカい男子の影に隠れて、撮影が終わるまで誤魔化してた」

「え、それで誤魔化してたの? 可愛いんだけど」

自分の口から可愛いという言葉が発せられたのは、いつ振りだろう。無意識に言っている自分が怖くなる。

「あ、ほら、可愛いっていうのは、その、えっと」

「可愛いって言ってくれてありがとな」

陽馬はなぜか僕の頭に手を乗せて、二回優しく撫でた。

「え…」

「俺、勇希のこと、好きになりそうだ」

乱れる心拍数。

「ダメか?」

多くなる瞬きの回数。

「ダメ、じゃないかも?」

感情のまま、変な感じで答えてしまう。でも、その発言を撤回しようとは思わない。

「じゃ、俺と恋に堕ちてみない?」

鮮やかな色彩のチューリップが、今、僕の目の前で絢爛に咲いた。

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