1/31 焼きビーフンの日

 会場は猛々しい熱気に包まれていた。

 世界各国、ありとあらゆるジャンルから頂点を決める料理人達の真剣勝負、その決勝戦の結果発表が目前に迫っていた。その名誉ある称号を手にするのは誰なのか、会場に集まる人々の目はそこに注がれていた。


「皆様長らくお待たせいたしました。採点が終わりましたので結果発表に移らせていただきます」

 

 マイクを持つのはまだ若い女性だ。事務所が売り出しているタレントで、ねじ込みにも近い強引な手口で司会進行の役を勝ち取ったのだった。

 褒められたことではないのだろうが、顔を売るチャンスを掴んだ女性は必要以上に意気込んで舞台に立っていた。

 その彼女の元へ一冊の冊子が届けられる。審査員が付けた点数、つまりはこの祭典の結果が乗っていた。

 女性はステージ上の参加者たちを一望した後、たっぷりと時間をかけて冊子を開く。希望と絶望がこの一冊から始まるかと考えると、神にでもなったかのような高揚感が沸き上がる。


「さてそれでは結果発表に参りましょう。まずは十位から――」


 女性はすらすらと順位を読み上げていく。呼ばれるたびに肩を落とす者、それを健闘したと励ます拍手が会場を包む。

 そしてとうとう残る参加者は二名となった。どちらかが優勝で、もう片方が惜しくも準優勝。

 女性はその二人を一瞥する。

 ……ええっと。

 反応に困るのも無理はなかった。一人は冴えないおじさんで、もう一人は全身を隠すローブに真っ白な仮面をかぶっていたからだ。

 いつから仮装大会に変わったのだろうか。そう悩みつつも、女性は自分の仕事をこなすため、見なかったことにした。


「一位は……波多野屋の焼きビーフン……焼きビーフン? あ、えっと惜しくも二位となったのは焼きうどんで勝負をしたアンノウンさんでした」


 女性が言うと会場のボルテージは最高潮に上がる。

 ……ちょいちょいちょい!

 女性は内心で暴れまわっていた。三位以下はどの人も高級食材を使った伝統と革新を織り交ぜた美しい料理だ。なのに今、背後の巨大スクリーンに映し出されているのはまっ茶色の麺。しかもそれが二皿。

 しかし、何だこの大会と思っているのは女性だけのようで、観客からは新たな王者を称える声が怒涛のように押し寄せている。この時点でドッキリを疑ったが、ディレクターがカンペでインタビューと出している姿をみて考えることを止めていた。


「優勝おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます」


 女性がマイクを近づけると冴えない男性はたどたどしく答える。まだ街中にいるおじいちゃんの方がハキハキと話すくらいに聞き取りにくい。


「今のお気持ちをお聞かせください」


「あ、はい……光栄です」


 ……少しは気の利いたことを言えよ。

 そんな気持ちが出ていたのかマイクが頬に付くほど近い。嫌な沈黙が流れ、女性がディレクターを見るとカンペには話振ってと書いてあった。

 無茶言うなよ、とゲンナリしながら、表情と声だけはアイドルのように明るく、


「どうして焼ビーフンで出場しようと思ったんですか?」


 当然の質問をしていた。

 正直華々しい大会には不釣り合いな料理だ。二番手の焼きうどんもそうだけど。

 問いに男性は気恥ずかしそうに頭を掻き、


「……妻が家を出ていった時の最後の食事が焼ビーフンだったんです」


 意味不明なことを語り出した。


「僕が三十になった時、妻が大好物だと言って焼きビーフンを作ってくれたんです。でもそれまで焼きビーフンなんて食べたことなくて、誰かと勘違いしてるんじゃないかって問い詰めたんです。そしたら妻は怒って家を出ていってしまって……」


「はぁ……?」


 聴きながら、女性は困っていた。これが全世界に向けて発信する内容の話なのか。夫も夫なら妻も妻だろ、というか焼きビーフン言いすぎて頭の中訳分からなくなってるんですけど。

 これも仕事と割り切りたいが、生き恥を晒したいわけではない女性は恐る恐る周囲の反応を伺っていた。先程までの熱狂は鳴りを潜め、それどころかところどころすすり泣くような音まで聞こえてくる。幻聴かな、幻聴だと思いたかった。ディレクターも仁王立ちのまま泣いていた。きしょ。


「私に残されたのはもうこの焼きビーフンしかなかったんです。妻の真意が確かめたくて世界中の焼きビーフンを食べ、作り、共に成長してきたんです。もし、この大会を妻が見ているならこの勇姿を見て欲しいですね」


「はいありがとうございましたー」


 だめだ耐えきれんと女性は話を強引に切りあげた。

 これ以上聞いていられない。何故か観客の受けがいいことだけが救いだった。

 女性はそのまま隣に立つ謎の人物にマイクを向ける。


「準優勝惜しかったですね」


 あえて仮面には触れずに話を振る。

 するとその人物は仮面に手をかけ、取り外す。

 やめろ、これ以上場を荒らすなという女性の気持ちは届かず、現れたのは一人の妙齢の女性だった。

 彼女は言う。


「私がその妻よ!」


「焼きうどん作ってんじゃねぇ!」


 何となくしていた嫌な予感が当たり、タレントの女性はマイクを床に叩きつけて会場から走り去っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る